写真:吉川 なお
地図を見る台湾の空の玄関口、桃園国際空港があることで知られる桃園市。その郊外に前湖と後湖2つの湖からなる慈湖という湖があります。ここの素朴な風景が、故郷の中国浙江省の渓口鎮の風景と似ていることからこの地を気に入った蒋介石は、所有者の林本源一族から土地の提供を受け、1959年に「洞口賓館」という別荘を建てました。
慈湖は当時「埤尾」や「洞口」と呼ばれていました。故郷を思い出し、亡き母に想いを寄せた彼は、1962年に慈母という言葉から「慈湖」と改め、別荘の名も「慈湖賓館」と変えました。
1975年4月5日、蒋介石が没すると「慈湖賓館」で仮埋葬が執り行われ、棺が安置されました。その後「慈湖陵寝」と改名され、慈湖御陵管理所によって管理されていましたが、2007年11月に桃園市政府に委託。2009年4月から一般開放されるようになりました。
現在は、息子の第6・7代総統・蒋経国の遺体を安置する「大溪陵寢」とあわせて、『両蒋文化園区』として整備され、事前申請が必要な後慈湖エリア以外は誰でも入場できます。
写真:吉川 なお
地図を見る入口に鎮座する大きな蒋介石の銅像に迎えられ、歩を進めると、芝生のきれいな公園が見えてきます。
ん?何か立ってる!なんだろう??よく見ると、辺り一帯、銅像だらけです。近づくとビックリ仰天!!これも、あれも、ここも、あそこも、向こうも、そのまた向こうも、なんと蒋介石の銅像だらけです。見学している人よりも銅像の方がはるかに多い不思議な光景です。
立っているもの、馬に乗っているもの、座っているもの、全身像、胸像、服装や持っている物や顔の表情まで全てが異なっています。その数なんと200体!最大の像は高雄市から寄贈されたもので、その大きさには度肝を抜かれます。今でも増設工事が行われていて、その数は増える一方だとか。一体何体作られたのか。ほとんどが蒋介石ですが、なかには蒋経国や孫文もいます。
これらは、かつて台湾全土の学校や公共施設に設置されていたもの。個人崇拝を推し進めていた時代にその象徴となっていましたが、民主化が進むと次々と撤去され、行き場がなくなりました。それでどうしたか。壊すこともできず、ここに集めたという訳です。
いろいろな方向を向き、色もカラフルで、まるでアートのように配置されていますが、同一人物の像が同じ場所にこんなにある光景は異様の一言!まさに戦後の台湾の歴史の変遷を目の当たりにする驚きのスポットです。
写真:吉川 なお
地図を見る続いて「慈湖陵寝」へ。雕塑紀念公園から慈湖を横目に徒歩約20分で到着です。山を背に湖面に面し、南向きに建てられた伝統的な四合院建築で、浙江省の赤レンガ造りの平屋を真似て造られています。
ここは墓所ではなく、遺体の安置所。見学はできませんが、黒い棺の中に防腐処理された蒋介石が横たわっています。中国大陸に埋葬されることを望んでいる彼は、その日が来るまでここで眠り続けます。
入口両脇には衛兵が銃を持ち、ピクリともせずに立っています。台北の中正紀念堂や忠烈祠のように毎日決まった時間に交代の儀式が行われ、その様子を見ることもできます。
写真:吉川 なお
地図を見る慈湖から車で約10分。レトロな街並みが残る大渓に向いましょう。タクシーで移動するのが楽ですが、桃園バスターミナルから「台湾好行」というシャトルバスが、平日は1時間おき、休日は30分おきに運行されているので、それを利用してもいいでしょう。
大渓はその昔、近くを流れる大漢渓の水運業で栄えた街で、木材や米、塩などの取引拠点でした。日本統治時代の1919年に市街地の拡張計画が実施され、樟脳・製茶・炭鉱産業などで財を成した人々が、競って豪奢な家屋を建てました。当時の繁栄ぶりを物語る騎楼形式の住居が、和平路・中山路・中央路に囲まれた「大渓老街」に数多く残されています。
この時代に流行したのは、華麗な装飾を施すバロック様式。
ギリシャ式破風やローマ式のアーチを持つ建物の上部には獅子や鯉、龍、松、鶴、鳳など吉祥や財富、子孫繁栄を願う縁起物をモチーフにした彫刻が美しく施されています。
特に目を引くのは、日本語やローマ字などで書かれた苗字や商号。漢人文化と欧米建築が融合する独特の景観で、同じくレンガ造りの三峡や深坑などの老街とも異なる趣きを持つ優美な通りとなっています。
休日は歩行者天国になる老街には、台湾風の軽食店と仏壇などの木彫家具店、木を使った玩具の店舗が密集しています。
大渓名物と言われるのは「独楽」と「豆干」。独楽は街中至るところで売られています。和平路の行き止まりにある中正公園には独楽広場もあり、巨大こまの妙技が披露されることも。
「豆干」は香辛料を利かせたタレで豆腐を煮こみ、乾燥あるいは燻製にしたもので、100年近くの歴史を持つ老舗店もあります。古来より醤油漬けにした豆腐を乾燥させて食べていたことから名産となったもので、色は黒くやや固めで独特の風味があります。
写真:吉川 なお
地図を見る大渓老街には、昭和天皇が皇太子時代に訪問した際に侍従官の休憩場所として建てられた赤レンガ造りの「大渓公会堂」も保存されています。以後、「中山堂」「大渓賓館」と名を変え、蒋介石没後に「蒋公紀念堂」となって内部が公開されています。
このように歴史ある街並みと台湾の近代史を知ることができる慈湖と大渓。両方行けば、異なった雰囲気が楽しめます。
台北から日帰りで、ちょっと風変わりな光景を見に行かれてはいかがでしょうか。
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(2024/11/2更新)
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