忘れられた桃源郷・笠間街道(三重〜大和)の魅力

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忘れられた桃源郷・笠間街道(三重〜大和)の魅力

忘れられた桃源郷・笠間街道(三重〜大和)の魅力

更新日:2015/05/18 09:52

ナツキのプロフィール写真 ナツキ きのこの文化研究家、博物学者

笠間街道は万葉の昔から大和より伊勢・東国への主要幹線道路。
今ではバスも通らない隔絶された桃源郷となっていますが、近鉄大阪線名張駅から室生口大野まで、この笠間川沿いの集落を縫い無数の石仏や寺社を辿り、いにしえ人の目線で歩き通す旅に出てみましょう。

伊賀まちかど博物館 はなびし庵

伊賀まちかど博物館 はなびし庵

写真:ナツキ

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名張駅にほど近い中町商店街の石の鳥居前にあるすみた酒店(はなびし庵)は、築後170年の座敷と庭を開放し、江戸から昭和初期の品々を展示している私設博物館。
角田勝・久子夫婦の劇団「ふたり」による歴史影絵劇場は有名で、遠方からここを目指してやってきます。
ここで幻の美酒「はなびし」(本醸造)を買い求めて、駅前に戻りタクシーに乗り、いざ毛原廃寺へ。
この旅の成否は、笠間街道のスタート地点までタクシーを利用することで決します。

※歴史影絵劇は要予約(5名様〜)、席料400円(茶菓のおもてなし付き)

初瀬、桜井方面から伊勢東国に抜ける街道のかなめの毛原寺

初瀬、桜井方面から伊勢東国に抜ける街道のかなめの毛原寺

写真:ナツキ

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往時の賑わいを偲ばせるのが、今回の旅の起点となる毛原廃寺跡。そこには多くの巨大礎石が残り、都を遠く離れた山奥にこんな大伽藍が建てられていたことには驚かされます。
南大門跡のすぐ下には江戸期の六地蔵石仏が残り、ここから見る大台、東吉野の連山は見事です。

この廃寺の近くには毛原長久寺があり、江戸時代の正保3(1646)年の年号のある高さ115cm、幅250cmの岩に阿弥陀仏の種字と六字名号が刻まれ、その左右に24体の地蔵が配されためずらしい石造仏が残っています。

笠間街道は東大寺二月堂「お水取り」の松明を運んだ道

笠間街道は東大寺二月堂「お水取り」の松明を運んだ道

写真:ナツキ

東大寺二月堂の「お水取り」の松明は、いにしえの昔より赤目一の井でつくられ、笠間街道を通って運ばれました。
この伊賀一の井松明講・松明調進行事は、昭和31年に名張市指定無形民俗文化財、平成14年に三重県県指定選択文化財指定を受け、古式にのっとって現在も厳粛に執り行われています。

そのときの奈良への寄進コースは、坂の下、笠間峠、上笠間、小原、白石、南之庄、並松、福住、岩屋、櫟本、奈良への約9里(32.5km)の行程です。
松明の量は往時は1200把(わ)、現在では150把。それを5つの荷に分け5名の松明衆と2名の香水衆が二月堂に上堂して奉納の儀を厳修しておさめています。

写真は下笠間から上笠間の笠間川の風景。

滝山磨崖仏と呼ばれて愛されてきた阿弥陀立像

滝山磨崖仏と呼ばれて愛されてきた阿弥陀立像

写真:ナツキ

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この笠間川沿いの旅は、清らかなせせらぎの音にいざなわれるこの上なく楽しい道のりで、日本にまだこんな別天地が残っていたことに驚かされます。
対岸に小滝が見えてくるあたりには、下笠間磨崖仏(滝山磨崖仏)があります。切り立った崖に、鎌倉後期の年号の入った163cmの美しい表情の阿弥陀立像が刻まれています。

ここからは、つちんど墓地の阿弥陀三尊仏、笠塔婆、天神社に隣接する十輪寺の堂前の線刻の石仏、染田から多田集落に向かう道路脇の十王像10体と地蔵6体、ここには錐が束になって供えられているのがなんとも面白い。
この街道沿いの人達は、錐は耳の病気の人が耳がよく通じるようにと拝んだらしいこと。また地蔵像は錫杖を持たず宝珠をもつことから、薬壺を持った薬師と認識され、薬師信仰の対象とされたことなどが伝わってきます。

この長丁場を20km近く歩いてくると、ようやく道のべの石仏や寺社の石造物は、旅人にとって息抜きの役割を果たしていたことがわかってきます。

無山山寺の西念坊とこの旅のピークをなす穴薬師

無山山寺の西念坊とこの旅のピークをなす穴薬師

写真:ナツキ

多田から西南に折れたところにある無山集落には無山山寺があり、境内には南北朝時代の五輪塔、江戸時代の庚申像などがあります。
中世には西念坊という祈祷僧がいて雨乞い祈祷で霊験を現わし、大和高原の方々の寺に十三重塔や石灯籠を建立して回ったと伝えられています。ここまでくればようやく旅の2/3の行程をこなしたことになります。

この無山山寺から室生村に通じる下り一方の街道沿いには向渕(むこうじ)の石薬師と呼ばれるわが国最古の様式を伝える多尊形式の磨崖仏が残っています。7日7夜燃え続けた堂塔火災の結果、軟質の凝灰岩であったため剥落が著しいのですが、残存部からは見事な写実美を誇っていたことが分かります。

この室生村を見おろす街道・高原部のやさい畑の中にある穴薬師こそがこの旅の圧巻です。
四角を切った正八角形の古墳石棺材を用いて三体の地蔵立像を刻んだもので、鎌倉後期の見事な石仏です。

これを最後に向渕からバス道を下ると国道165号線に出ます。それを左にとるとまもなく室生口大野駅に至ります。

おわりに

隠れ里というには余りに広範囲な地域で、現代的感覚からすれば取り立てて言うほどの名所にも乏しい見知らぬ土地を足で歩くことは、昨今のツアーでは邪道に属するものでしょうが、時には足しか頼るもののなかった時代の人たちの気持になって旅を体験することは大切だと思います。

このコースのエスケープ・ルートは近鉄名張と室生口大野の間にある三本松駅へ下るルート1本切りです。ドライブならあっと言う間に辿れるルートですが、いにしえの旅人たちが見たものの大半を見逃してしまう結果になります。
体力に自信のある人もない人も、それぞれの気まかせ足まかせで歩いても、8時間もあれば余裕で踏破できますので、是非一度トライしてみてください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2014/04/13 訪問

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