東京・都立東大和南公園〜激しい戦争の傷跡残る建造物〜

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東京・都立東大和南公園〜激しい戦争の傷跡残る建造物〜

東京・都立東大和南公園〜激しい戦争の傷跡残る建造物〜

更新日:2015/05/12 15:23

東京都東大和市にある「都立東大和南公園」。木々の下ではピクニックが行われているなど市民の憩いの場となっています。そんな公園内の一角に、異様な佇まいの建造物が残されています。名前は「旧日立航空機立川工場変電所」。

外観は見るも無残な無数の穴があいたボロボロの姿。今ではとっても貴重な太平洋戦争の生々しい傷跡残る建物を訪ねて、長閑な公園の中で戦争と平和について考えることができる。そんな場所をご紹介します。

緑豊かの公園内に異彩を放つ建物が!

緑豊かの公園内に異彩を放つ建物が!
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東京都東大和市には「都立東大和南公園」という大きな公園があります。テニスコートや野球場、陸上トラック、市民プールが併設され、木々も多く、小さな小川も流れているこの広大な敷地は、市民の憩いの場になっています。

そんな素敵な公園の中に異彩を放つ建物が存在しています。無骨なコンクリート製の、お世辞にも綺麗とは言えない建物がズドンと鎮座しているのです。

その正体は「旧日立航空機立川工場変電所」

その正体は「旧日立航空機立川工場変電所」
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正面から見るとその異様な光景に言葉を失うことでしょう。正式名称は「旧日立航空機株式会社立川工場変電所」と言います。1993年まで使用されていた変電所の建物がその正体でした。でもこんなに無数の穴が建物にあって、ボロボロなのは一体・・・。

1938年、今は公園となっている場所に航空機のエンジンを製造する軍需工場が作られました。軍需工場ですから作られたものは戦争で使われる訳で、当時の敵国であるアメリカの標的になります。結果として何度も攻撃を受け、近くにあった工場などは大破しますが、この建物は被害が少なく残ったというものなのです。

こんなにも傷だらけなのに「被害が少なくて残った」というところに戦争の悲惨さを感じさせる建物です。こうした建物などを戦争建造物や戦争遺跡と呼んでいます。ところがこういう建物たちというのは殆ど残されていません。あの広島の原爆ドームも解体する流れがありましたが、1人の少女の言葉がきっかけで保存される運動が生まれ今日に至ります。

この「旧日立航空機立川工場変電所」の場合、戦争後に経営会社は変わりましたが、ほぼ現状のまま内部の設備のみ更新する形で工場へ電気を供給してきました。そして稼働終了後も住民の方や元従業員の方の保存活動によって保存が決まったという建物です。現在は東大和市指定文化財となっています。

戦争の悲惨さと平和の尊さ、歴史の資料・教材として重要な痕跡や遺跡たちですが次々と姿を消しました。「旧日立航空機立川工場変電所」のように自治体によって文化財として保存されているケースは決して多くはないので、とても貴重な建物だと言えます。

傷だらけの廃墟のような外観。

傷だらけの廃墟のような外観。
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建物には無数の穴が今も生々しく残っています。工場地域への攻撃は1945年2月17日、4月19日、4月24日と合計3回行われています。外壁に残る傷跡は時に小型戦闘機による機銃掃射による銃痕と、Bー29爆撃機による爆弾が炸裂した際にできたもの。コンクリートの中にある鉄筋部分も露出するほどの傷跡です。この攻撃で110余名の死者と多くの負傷者が出ています。

戦争建造物で傷跡がこれだけ生々しく残るものというのは、全国でも数が決して多くはありません。その中でも最も有名なのは広島の原爆ドームでしょう。この建物のすぐ近くには「被爆アオギリ二世」という木が植わっています。

広島に原爆が落とされた当時、広島には100年間は草木が生えないと言われていました。そんな中で爆心地から僅か1.3キロしか離れていない場所にあり、幹の半分はえぐられていたアオギリが翌年の春に芽吹きました。この事は広島の人々をに生きる勇気を与えました。これが被爆アオギリです。

被爆アオギリは平和記念公園に移され、その種子から育てられたのが「被爆アオギリ二世」となります。戦争を風化させないという事、そして平和ほど尊きもの、幸福なものはないという事を伝えるという事からこの場所に植樹されています。

建物周辺には変電所の名残がモニュメントとしてちりばめられている!

建物周辺には変電所の名残がモニュメントとしてちりばめられている!
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「旧日立航空機立川工場変電所」周辺には、変電所にちなんだ物がモニュメントとして点在しています。見る人によって感じ方は違うとおもいますが、アートのように楽しんでもよいでしょうし、戦争と紐付けて感じるのも良いでしょう。

ボランティアの方による花壇もあるので、とても綺麗な空間でもあります。そういう中にこうした戦争の傷跡が残る建造物があるのは、戦争と平和というものを考えるうえでとても良い場所だと思いますよ!

これだけ激しい損傷のある建物は極めて貴重。

2015年で戦後70年です。戦争建造物という事になると、最低でも築70年は経過している建物という事になります。普通の建造物として見てもそれなりの年数が経過していますから、老朽化しているのが普通だと思います。そこに加えて戦争の傷跡があるわけですから、残っている方が珍しいと言えます。

現実問題として老朽化だけではなく、維持管理にはお金もかかります。維持管理ができないとして壊された文化財級の建物も多くあります。そういう中で残るこの建物が伝えるものはとても大きいと思います。

東大和南公園でのんびりとピクニックをしつつ、戦争と平和について考えてみるのはいかがでしょうか!

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掲載内容は執筆時点のものです。 2015/05/06 訪問

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