ベルギー南西部にあるワロン地方は、ヨーロッパの伝統的な牧歌風景を今に伝える旧フランス領フランス語圏です。1815年、ブリュッセル近くのワーテルローで勃発した、世界史に残るナポレオン戦争「ワーテルローの戦い」での敗戦により、やむなく連合軍に割譲されましたが、ここに暮らす人達は言葉も文化も血筋もフランス由来。古き良き王政時代のフランスの伝統とセンスを、今も大切に受け継いでいます。
ワロンはドイツ・ベルギー・ルクセンブルグ・フランスをまたぐ、アルデンヌ高原の一部にあたります。アルプスと同じく、かつて海底だった所が隆起した資源豊かな地域であり、古代より人が定住し、牧畜、耕作、林業、採石業、石炭や鉄の採掘を含む鉱業などの第一次産業が行われています。
産業の発展に伴い、古くから工学も発達していたため、ベルギーはイギリスに次いで世界で第ニ番目に産業革命を成し遂げた国となりました。その伝統は現在でもシャルルロワやリエージュに代表される、航空や軍事機器などの最新機械産業へと受け継がれています。
ワロンはのどかで牧歌的な美しい自然の風景が残る一方、巨大風車に象徴されるような最新テクノロジーを積極的に取り入れ、共存するニュータイプの田舎として、新しい生活スタイルを人々に提案しています。
一極集中でないヨーロッパにおいて、セルフォンテーヌは典型的な小規模コミュニティであり、町の一部を構成するレ・ラック・ドゥ・ロー・ドー自然公園(Les Lacs de l’Eau d’Heure)へ、毎年約80万人の観光客が訪れる一方で、人口約5,000人に満たない小さな町です。そして自然と共存するワロンの第一次産業を支える、ギルドの町でもあります。
セルフォンテーヌの町の中心であるゴシック建築の聖ランバート(Saint-Lambert)教会は、ベルギーでも珍しい主塔の屋根の造りをしており、地元特産のブルーストーンとアルドワーズを使用した、ワロンならではの中世の職人技が光ります。
なだらかにアルデンヌの森の水平線が広がる地方で、特にセルフォンテーヌのあるサンブル川とムーズ川に挟まれた地域は、こと大理石の産地として有名です。
ヴェルサイユ宮殿の「マルリーの機械」として歴史に名高い配水システムは、元々ワロン地方にあるモダーヴ城の揚水装置を原点としています。17世紀のヴェルサイユ宮殿増築の際、当時まだ北フランスであったワロンのリエージュ司教領から、モダーヴ城の揚水システムを開発した、大工であり技術者であったレヌカン・スアレムや、アルノー・ドゥ・ヴィルら率いる職人集団がルイ14世によって招聘され、直接指揮を執りました。その際に、部品や材料もワロンから取り寄せたため、ヴェルサイユ宮殿の資材として、ワロンの赤大理石がムーズ川より水路で運び出されたことが、よく知られています。
セルフォンテーヌの採石場は、ヴェルサイユ宮殿建設の時期とは異なりますが、18世紀から1950年にかけて稼動した「ボーシャトー(美しい城)」と呼ばれる赤大理石の採石場です。静かな森の中を抜けると突如目の前が拓け、1.84ヘクタールもの面積を誇る敷地に、ヴェルサイユ宮殿と同じ赤大理石の岩肌が切り立つさまは、なんとも圧巻で見ごたえ十分です!
また採石場でなくとも、この地域であぜ道をよく見ると、黒曜石や化石、また大理石などの小石が、いとも簡単に見つかりますよ。
セルフォンテーヌの名は、大鹿が水を飲みに来る、清らかな泉に由来しています。すなわちこの町にある、レ・ラック・ドゥ・ロー・ドー(Les Lacs de l’Eau d’Heure)自然公園の、水源のひとつがセルフォンテーヌの森の中にあるのです。
この辺りは太古の昔に海底だった場所が、地動変動で隆起した地方であり、さらに長い年月を経て、地下でろ過され、石の間がらしみ出した水が水脈を作って湧き水となり、地上に溢れ出しています。ロー・ドー湖が飲料水用ダムとして使用されたり、湖にマリンスポーツ愛好家が集まってくるのも、ひとえに水質の良さからです。
特に中世までは、質の良い飲料水を確保することは至難の業でした。そのため生水の代用としてビールがフランスなどでは古くからワイン造りが行われましたが、この地方では気候や風土が葡萄栽培やホップに適さないことから、薬草や香草、果物などを使用した、グルートビールと呼ばれる古代からの製法が、脈々と受け継がれてきました。その際に重要なのが原料となる水質の良さです。
800種類以上あると言われているベルギービールの中でも、このサンブル川とムーズ川に挟まれた地域にレフやシメイ、オルヴァル、マレッツ、ロシュフォール、スーパーファーニュという代表銘柄が集中していることも頷けます。セルフォンテーヌはそのほぼ中心にあり、年間80万人の観光客を迎える滞在施設がロー・ドー湖そばに控えています。ワロンのビール巡りや、美しい風景を楽しむ旅の拠点として、まさにふさわしい町です。
ユネスコ無形文化遺産の「アントル・サンブル・エ・ムーズの行進」は、古代より交易水路として重要な役割を果たした、サンブル川とムーズ川が合流するまでの三角地帯で、個別に行われている50以上のナポレオン軍の再現行軍パレードを一括登録したものです。
ワロンに住むフランス系の住人たちにとって、階級制度を廃止して新しい理想国家を作ろうとしたナポレオン率いる「ラ・グランド・アルメ」は、民衆の希望を託した新しい軍隊でした。
結果的に「ワーテルローの戦い」で敗戦し、現在のベルギー北部にあたるフランダース語圏フランドル地方と共に、現在のベルギー建国へと繋がったとしても、自分の祖先はフランス人として、民主化への扉を開くためにナポレオンと一緒に戦った、ということへの誇りが消える訳ではありません。
カトリック系のヨーロッパ各地では、8月15日の「聖母の被昇天」に、御輿と共に人々が歩く習慣がありますが、セルフォンテーヌでは、これをかつて祖先が参戦した「ラ・グランド・アルメ」再現パレードによって祝うため、町の教会の名から「聖ランバートの(ナポレオン)行進(La Marche (( napoléonienne )) Saint-Lambert)」と呼んでいます。
毎年8月15日に聖ランバート教会で福音を受けた後、ナポレオン軍の衣装を身をまとった、代々のセルフォンテーヌの住人たちが、皇帝近衛隊・50頭以上の騎兵・擲弾兵(歩兵)・砲兵・支援部隊・技師・輜重兵・医療関係者などに扮し、情報通信隊が笛とトランペットとドラムの音を響かせながら、3日間にわたって町中を何度も練り歩きます。かわいい子ども隊もある他、中には赤ちゃんがお父さんに抱かれながら参加していることもあり、コミュニティへのお披露目を兼ねているようです。
とはいえ、1日中町を歩くというのは実際にはとても長い耐久訓練のようなもの。休憩時間にはビールで喉をうるおしながら、同じ参加者達とのおしゃべりに花が咲いているようです。終盤近くなると、少し千鳥足の兵隊を見かけるのも、ほほえましい光景ですね。
そしていかにもワロンらしいのが、兵隊達が抱える武器がもちろん本物だということ!パレードの最後には、本物の銃声と大砲でフィナーレを迎え、その後フランスとベルギーの国家が演奏されて、お開きとなります。
ビデオはベルギー国王夫妻がセルフォンテーヌを訪問された際、パレードの一部が披露された時のものです。
毎年8月15日〜17日に行われる、セルフォンテーヌの「聖ランバートの(ナポレオン)軍行進」のスケジュールは以下の通りです。
(★特にこの時間帯が必見の見所です。お見逃しなく)
【8月15日】
05:45 指揮官起床(指揮官をトランペットで起こす儀礼)
09:15 キヨスク集合
09:45 聖ランバート教会でのミサ
10:00 行進開始
13:00 聖ランバート教会に帰還
15:45 聖ランバート教会前の戦没者慰霊
19:00 聖ランバート教会に帰還★
20:00 フィナーレ★
【8月16日】
13:00 行進開始
19:00 聖ランバート教会に帰還
【8月17日】
09:00 行進開始
19:00 聖ランバート教会に帰還
ベルギーでもブリュッセルとパリ間の幹線は都市化また多様化が進み、なかなか本来のベルギーらしさ、またヨーロッパらしさを見ることが難しくなってしまいました。
ワロンは比較的治安も良く、EU首都のブリュッセルから車で約1時間、またパリからも車で約2時間半の距離です。2002年のサベナ航空買収により、長い空白期間が続いていましたが、2016年の日本とベルギーの友好150周年記念を見据え、近く東京とブリュッセル間を結ぶ直行便も再就航するため、現在、EU首都ブリュッセルを擁するベルギーとのさらなる関係強化をめざして、政治・経済界からも熱い視線が集まっています。ここを制するのがどれだけ重要なことか?それはナポレオンの時代も今も、変わらないようですね。
またフランス語・フランダース語・ドイツ語が公用語で、英語に翻訳された資料が少なく、また政治的に複雑な背景による誤解も多いため、特にワロンに関しては、これまであまり正しい情報が伝わってきませんでした。しかしながら西ヨーロッパのど真ん中で、周囲各国と360度繋がる交通の要所ワロンは、紀元前からの長い歴史を持つ地域であり、まだまだ眠っている素晴らしい観光資源が沢山あります。
中でもセルフォンテーヌの町は、毎年8月15日にユネスコ登録の無形文化遺産行事が行われることに加え、EU・ワロン連邦政府が26億円の巨額投資を続けているレ・ラック・ドゥ・ロー・ドー自然公園のお膝元。あなたもナポレオンが見たのと同じ、アルデンヌの森が広がるパノラマ風景を見ながら、地球の営みと共存する人々の歴史を感じつつ、大地にもう一度しっかり足をつけて、未来を見据えてみませんか。
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