オリエント急行の終着駅イスタンブール・スィルケジ〜ここに立てば気分は女優!

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オリエント急行の終着駅イスタンブール・スィルケジ〜ここに立てば気分は女優!

オリエント急行の終着駅イスタンブール・スィルケジ〜ここに立てば気分は女優!

更新日:2015/07/21 13:06

万葉 りえのプロフィール写真 万葉 りえ アマチュア写真家

「オリエント急行」と聞いただけでロマン漂う旅のイメージがわき、今にも憧れの世界へ連れて行ってくれるような気がしませんか。
トルコのスィルケジ駅は、1883年に開通し、パリからミラノなどを経て走ってきた豪華国際列車オリエント急行の終着駅。神秘に満ちたオリエントを訪れようと欧州の王侯貴族や上流階級の人々が降り立ったその駅が、今もイスタンブールの旧市街で華やかな当時の面影をまとってあなたを待っています。

著名人が愛したオリエントの入り口

著名人が愛したオリエントの入り口

写真:万葉 りえ

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イスタンブールはボスフォラス海峡をはさんで、ヨーロッパサイトとアジアサイトに分かれています。ヨーロッパ側から来ると、スィルケジ駅はヨーロッパの先端にあり、その先のボスフォラス海峡を超えると、そこは、もうアジア。

現在のガイドブックにも歴史を感じさせるホテルとして必ず紹介されているのが「ペラ・パレス」です。このホテルはオリエント急行の開通により訪れるようになったヨーロッパの上流階級の人々のために、1892年にオープンしています。宿泊者リストには著名人が名を連ねているそうですが、小説家ヘミングウェイや女優グレタ・ガルボなど、錚々(そうそう)たる顔ぶれ。中でもアガサ・クリスティは「オリエント急行殺人事件」の著作もあり、忘れてはいけない存在です。

豪華な個室と食堂、そして一流のサービスの国際列車に乗れたのは、当時の上流階級に属する人々だけ。その旅人が降り立つ駅ですから、相応の造りで人々を出迎えていました。ヘミングウェイも、グレタ・ガルボも、アガサ・クリスティも、列車が着き、この駅に降り立ったときにどんな感想を持ったのでしょうね。

ステンドグラスが見下ろしてきた人々

ステンドグラスが見下ろしてきた人々

写真:万葉 りえ

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大きな丸いステンドグラスに、シャンデリア。天井は折り上げの形になっており、ヨーロッパとをつなぐ玄関口であった威厳もそなわっています。
壁際に残されたあめ色になった木のベンチに座っていると、列車の到着とともに、飾りのついたおしゃれな帽子をかぶり華奢なハイヒールをはいた20世紀初頭のいでたちをしたご婦人が、丸い帽子ケースや革のトランクなどをポーターに持たせて入ってきそうな、そんな待合室です。

人気作家にはなったけれど結婚生活が破たんして傷心のうちにいたアガサ・クリスティも、そんなご婦人の一人だったのでしょう。
彼女は、オリエント急行のことを聞くやいなや、予定していた旅先を変更してこの地に向かったのでした。当時の中東への女性の一人旅は、切符を手配したイギリスの旅行社さえ反対したといいます。スィルケジ駅に着いたアガサはイスタンブールで数日過ごし、最終目的地バクダードヘ再度旅立ちました。
オリエントの魅力にとりつかれた彼女は、翌年もバグダードへ向かっています。やがて、その地で若い考古学者と運命の出会い。年齢差を乗り越えて結ばれ、生涯を共にしたのです。夫のいるバクダートの発掘現場と彼女が作品を執筆していたペラ・パレス、そして母国イギリスの間を行き来するために何度もこのステンドグラスの下を通ったのです。

しかし、この駅は時代とともに、オリエントを旅する上流階級だけのものではなくなっていきます。
トルコが共和国となり、カリフ制が廃止され、オスマン王家が追放となったときは、最後のカリフがこの駅からトルコ領外へ去って行ったといいます。また、第二次世界大戦末期には日本人特派員も国外追放処分となり、ここから去りました。そして、20世紀後半は、トルコからヨーロッパ諸国へ出稼ぎに行く労働者をたくさん送り出した駅でもあります。

オリエント急行の始発駅であり、終着駅でもあるスィルケジ駅。数えきれない人々の喜びや悲しみの舞台となって、今も静かに次の幕を待っているようです。

新しい舞台は、最先端の技術によって

新しい舞台は、最先端の技術によって

写真:万葉 りえ

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スィルケジ駅はイスタンブールのヨーロッパサイトの先端。オリエント急行でやってきた人々のうち、この先へ進む人はここから船を使ってアジアサイトへと移動していたそうです。
今は新しい地下鉄(マルマライ)の駅ができて、4分ほどで対岸へ移動できます。

掘り返せば古い遺跡が出てくる歴史都市なので、発掘調査を進めながら地下深くを結ぶという工事は「世紀の一大プロジェクト」といわれるほど大変だったようです。
日本企業もこの難工事で重要な役割を果たし、2013年10月に無事開通式を迎えています。

マルマライでアジアサイトへ

マルマライでアジアサイトへ

写真:万葉 りえ

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マルマライに乗って、ボスフォラス海峡対岸にあるユスキュダル(ウスキュダル)駅で降りれば、観光スポットのクズ・クレスィ(乙女の塔)にも歩いて見に行けますよ。
ここから見る旧市街にあるモスクのシルエットはとてもきれい。ユスキュダルには市場やロカンタ(大衆食堂)が駅の近くにあります。ぜひ、街歩きを楽しんでくださいね。

おわりに

新・旧二つの顔を持つスィルケジ駅は、トプカプ宮殿から歩いて20分程の場所にあります。
旧スィルケジ駅待合室の隣では、現在もレストランが営業されているんですよ。

今でもオリエント急行が走っていたころの面影を残すスィルケジ駅と、新しい技術でつながったマルマライのスィルケジ駅。
イスタンブールの百年の時間が、二つの駅でグッと感じられることでしょう。

掲載内容は執筆時点のものです。

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