写真:井伊 たびを
地図を見る目黒川にかかる朱塗りの「鎮守橋」を渡れば、1300年前から「品川宿の総鎮守」と崇められている荏原神社があります。旧社格は元准勅祭社。郷社。旧称を天王社、貴布彌大明神と呼ばれていました。「北の天王」といわれる品川神社に対して、荏原神社は「南の天王」と呼ばれています。また東海七福神の中の1社として「恵比須様」が祀られています。
荏原神社は元明天皇の御代、和銅2年(709年)9月9日に、奈良の元官幣大社・丹生川上神社より高龍神(龍神)を勧請し、長元2年(1029年)9月16日に神明宮、宝治元年(1247年)6月19日に京都八坂神社より牛頭天王を勧請し、古より「品川の龍神様」として、源氏、徳川、上杉等、多くの武家の信仰を受けて現在に至っています。
明治元年には、准勅祭社として定められました。神祗院からは府社の由来ありとされました。現在の社殿は弘化元年(1844年)のものです。古くから貴船社・天王社・貴布禰大明神・品川大明神と呼ばれていましたが、明治8年には、「荏原神社」と改称されました。
当社は、旧荏原郡(品川、大田、目黒、世田谷)の中で最も由緒のある神社であったことから、荏原郡の名を冠した社号になりました。神殿に掲げる荏原神社の扁額は、内大臣三条実美公、貴布禰大明神の扁額は、徳川譜代大名源昌高のお染筆です。
写真:井伊 たびを
地図を見る神社の入口。大鳥居のかたわら。東海七福神のひとつである石造りの「恵比寿様」が、祀られていて、その笑顔がまず迎えてくれます。恵比寿様のふくよかなその笑みは、訪れるすべての人に温かな心をいっぱい授けてくれます。
写真:井伊 たびを
地図を見る軒下の彫刻に目を奪われない人はいないでしょう!拝殿軒下のすべてに施された鳥類の彫り物。ひときわ抜きんでた匠の技の凄さは、現代ではもちろん後世にまで伝わってゆくでしょう。思わずスマホを向け、撮影したくなるかも知れませんが、まずはじっくりと肉眼で味わいたいものです。
写真:井伊 たびを
地図を見る二拝・二拍手・一拝のお参りを済ませ、ふと拝殿の屋根を見上げると、屋根から顔をのぞかせている龍が見つかります。「龍」は雨の神様ということで、祈雨・止雨などをつかさどるとされています。つまり農業の神様と崇められ、古くから当社は「品川の龍神様」として親しまれています。
写真:井伊 たびを
地図を見る「まったくもう!この狛犬は何度みてもその美しさには言葉を失う!」狛犬愛好家をそう唸らせる狛犬。その美的センス、そして石工栗原巳之吉の「匠の技!」。明治29年(1896)江戸ぼたんの最高傑作!
たてがみの流れの柔らかさ、絶妙な子獅子の位置バランス、そしてボタンの彫りの見事さ。なにひとつ不足するものなく、優美な狛犬。1対の狛犬でひとつの甘美な小宇宙が出来ている!美しさでこの狛犬に勝てるものはない!完璧だ!との誉れ高い狛犬にもぜひお逢いください。
京急線新馬場駅から徒歩10分。目黒川沿いを進めば、朱塗りの「鎮守橋」のたもとに、1300年の歴史の重みを感じる「荏原神社」を見つけることができます。といっても、現在の社殿は、江戸時代後期の造営ですが、古くは源氏・徳川家など、数々の武将の戦勝祈願を受けるなど、歴史の衰退を見守ってきた神社。「人生!ここ一発!」の勝負をかけるときには、是が非でもお参りしておきたい神社です。
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(2024/9/10更新)
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