写真:渡部 洋一
地図を見る西洋と東洋が交差する街、長崎。中でも山手エリアは「グラバー園」をはじめとしハイカラな洋館が多く立ち並び、特にエキゾチックなスポットとして人気を集めています。
そんな山手の丘に堂々と聳えるのが、今回ご紹介する「大浦天主堂」。幕末の1864年、フランス人神父によって建造された、現存する日本最古の木造教会です。国宝にも指定されており、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の構成資産の一つとして、2016年の世界遺産登録を目指しています。
異国へと繋がる長崎の広い空に、屋根の尖塔を突き立てる美しき大浦天主堂は、この地を旅する上で必見の教会と言えます。
写真:渡部 洋一
地図を見る今から約2000年前、現在のイスラエル地域で生まれたとされるキリスト教。長い時を経て、遠い遠いアジアの小さな島国でもその教えが花開いたことを、大浦天主堂の優美な姿は物語っています。しかし、日本におけるキリスト教の歴史は、決して明るいものばかりではありませんでした。特に長きに渡りキリシタンたちが迫害を受け続けたここ長崎では、キリスト教関連史跡を巡る時、どうしても暗い影がつきまといます。
そんな暗い影の中に、一筋の強い強い光を射してくれるのが、ここ大浦天主堂に伝わる「信徒発見」の逸話です。
1865年3月17日、長崎の住民十数人が大浦天主堂を訪れました。その中の女性が一人、祈りを捧げる神父に近づき、「私共は神父様と同じ心であります」とささやきます。長く暗いトンネルの中にあった日本のキリシタンの歴史に、確かに光りが射した瞬間です。厳しい迫害に耐えながらカトリックの信仰を守り続けてきた「隠れキリシタン」の告白は、神父を喜ばせました。「信徒発見」のニュースはやがてヨーロッパにも伝わり、その感動秘話は「東洋の奇蹟」のとして語り継がれることとなります。
長きに渡り迫害され続けたキリシタンたちの想い、それを告白した女性の勇気、隠された信仰の存在を知った神父の喜び。「信徒発見」のエピソードとともに、様々な人々の想いが、ここ大浦天主堂には確かに根付いているのです。
写真:渡部 洋一
地図を見る天主堂正面入り口には、日本之聖母像」が立っています。「信徒発見」を祝してフランスから贈られたこの像は、宗教を通して日本とフランスが絆を深めた証として、今も人々に愛されています。
写真:渡部 洋一
地図を見る天主堂敷地内に建つ、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の銅像。
1981年2月26日、教皇は日本カトリック教会再復興の地、大浦天主堂をご訪問になられ、「ここは日本の新しい教会の信仰と殉教と宣教の原点です」とのお言葉を残されました。
写真:渡部 洋一
地図を見る古くから函館、神戸と並び「日本三大夜景」の一つに数えられ、近年ではモナコ、香港と並び「世界新三大夜景」に選ばれるほど、「夜景の街」として名高い長崎。稲佐山から見下ろす斜面都市長崎の立体的な夜景は圧巻です。
しかし、俯瞰する夜景ももちろん美しいけれど、せっかく長崎に来たのなら、建物一つ一つの夜の姿もじっくりと楽しみたいところです。
写真は、夜の大浦天主堂のライトアップ。闇に浮かび上がる大浦天主堂の姿は、昼の姿以上に幻想的で異国情緒が漂います。近くで見るからこそはっきりと見える、西洋に開かれた港町特有のエキゾチックな夜の姿です。
いかがでしたか?
異国情緒漂う長崎の街に、威風堂々と聳える大浦天主堂の歴史と魅力をご紹介しました。「日本最古の木造教会」として、また「信徒発見」の舞台として有名な歴史ある教会は、最近では世界遺産暫定リストに載ったことでも注目を集めています。
大浦天主堂は、長崎を旅するなら絶対に外せない、必見の観光名所と言えます。
大浦天主堂へのアクセス、入場料、入場時間等の情報は、記事下部にある「MEMO」よりご覧いただけます。
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(2023/12/9更新)
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