全国有数の群集墳を堪能!大阪府河南町「近つ飛鳥風土記の丘」

全国有数の群集墳を堪能!大阪府河南町「近つ飛鳥風土記の丘」

更新日:2015/06/16 13:38

乾口 達司のプロフィール写真 乾口 達司 著述業/日本近代文学会・昭和文学会・日本文学協会会員
かつて「近つ飛鳥」(ちかつあすか)と呼ばれた大阪府東南部地域は、古代史の宝庫として知られています。事実、その周辺には全国有数の規模を誇る群集墳「一須賀古墳群」が広がっており、多くの人が当地に暮らしていたことがうかがえます。現在、その付近一帯は史跡公園として整備されており、古墳の魅力を探るのに格好のスポットとなっています。今回は一須賀古墳群を擁する、大阪府立近つ飛鳥風土記の丘をご紹介しましょう。

どこを見ても古墳ばっかり!散策路に沿って並ぶ古墳群

どこを見ても古墳ばっかり!散策路に沿って並ぶ古墳群

写真:乾口 達司

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大阪府立近つ飛鳥風土記の丘(おおさかふりつちかつあすかふどきのおか)は、大阪府南河内郡河南町にある史跡公園。大阪府を代表する一須賀古墳群の保存を住宅開発から守るという目的のもとに設置・整備されました。その広さは29ヘクタール。園内には散策路が設けられており、ご覧のように散策路に沿って古墳が点在しています。

一須賀古墳群は、6世紀前半から7世紀中頃にかけて築かれた群集墳。23支群・総数262基で、その大半が直径十数メートル程度の円墳から成り立っています。実際に散策路を歩くと、いたるところで開口する円丘状の古墳を見ることができますが、群集墳を間近に見ることができる点に大阪府立近つ飛鳥風土記の丘の最大の魅力があるといえるでしょう。

一須賀古墳群最大の規模を持つD4号墳

一須賀古墳群最大の規模を持つD4号墳

写真:乾口 達司

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写真は一須賀古墳群のなかでも最大級の規模を誇るD4号墳。直径25メートル、高さ2.3メートルの円墳で、内部には石棺・木棺を合わせて4基の棺が確認されました。金銅製飾金具やかんざしなど、大陸から伝わったと考えられる副葬品も多数出土しています。ということは、埋葬されていた人物は大陸からの渡来人の一族であることも考えられますが、石室は開口しているので、石室内に立ち入ることも可能。ぜひ、石室内に足を踏み入れ、その黄泉の世界をご堪能ください。

復元された石棺が安置されるB9号墳

復元された石棺が安置されるB9号墳

写真:乾口 達司

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写真はB9号墳。円墳が大半を占める一須賀古墳群にあっては珍しく方墳です。石室内には組合式の家形式石棺が復元されていますが、復元されたものであるとはいえ、石棺が安置されているのは珍しいので、築造当時、石室にどのような形で石棺が安置されていたかを知るのに参考になることでしょう。

移築された寛弘寺古墳群の横穴式石室

移築された寛弘寺古墳群の横穴式石室

写真:乾口 達司

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近つ飛鳥風土記の丘の園内に点在するのは、一須賀古墳群だけではありません。実は当地から3キロメートルほど離れたところに広がっていた寛弘寺古墳群から移築された寛弘寺45号墳なども保存されています。45号墳の石室の全長は9.7メートル。7世紀前半の築造と推定され、この時期では国内でも最大級の規模を誇ります。

「近つ飛鳥」を俯瞰的に眺めよう!河内地域を見渡せる展望台

「近つ飛鳥」を俯瞰的に眺めよう!河内地域を見渡せる展望台

写真:乾口 達司

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園内には展望台も設置されており、眼下に広がる「近つ飛鳥」およびその周辺地域の様子を見渡すことができます。お天気が良ければ、遠く大阪湾や六甲山まで見渡せるので、近つ飛鳥風土記の丘を散策する際はお天気の良い日を選びましょう。

おわりに

史跡公園として保存・整備された、近つ飛鳥風土記の丘の魅力がおわかりいただけたでしょうか。周囲には他にも「近つ飛鳥」および大阪府の埋蔵文化財を展示した近つ飛鳥博物館もあり、近つ飛鳥風土記の丘を訪れる際は当館で事前に考古学の知識を仕入れてから散策すると、よりいっそう楽しめるはず。もちろん、四季折々の樹木もたくさん生い茂っているので、お弁当片手にのんびり過ごすのも一計でしょう。当地で古代史の世界にどっぷりひたってみてください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/05/10 訪問

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