隠れた見所はココだ!「東洋のマチュピチュ」愛媛・別子銅山

隠れた見所はココだ!「東洋のマチュピチュ」愛媛・別子銅山

更新日:2015/07/28 11:36

日本三大銅山のひとつ、愛媛県新居浜市の別子銅山。深い山中で静かに眠る産業遺産がまるで古代遺跡のようで「東洋のマチュピチュ」と呼ばれています。

鉱山跡を観光施設として解放しているマイントピア別子の端出場(はでば)ゾーンと東平(とうなる)ゾーンの訪問が別子銅山の主な観光ルート。しかし、少しだけ寄り道や脇道に入るだけで、あまり知られていない産業遺産を見られるのです。その隠れた見どころを紹介します。

通り過ぎちゃうの?「別子銅山記念館」

通り過ぎちゃうの?「別子銅山記念館」
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別子銅山の観光、多くの方がまず最初に道の駅「マイントピア別子」に向かわれると思います。しかし、その途中にぜひ立ち寄って頂きたい場所が「別子銅山記念館」です。

別子銅山の歴史や資料の展示がとても充実しており、しかも無料。目立つ看板がなく、大神山神社の境内にあるため、気づかずに通りすぎてしまう事が多いようですが、別子銅山の予備知識を事前に得るにはもってこいです。

別子銅山記念館にも超一級の産業遺産が残っています。それは、別子銅山鉄道上部線を実際に走っていた機関車。まだ平地にもほとんど鉄道がなかった明治26年、標高1000mを越える山の上に別子銅山ではすでに鉄道が走っていたのです。険しい山の上で鉱石を運び続けた機関車の勇姿は必見です。

ここもマチュピチュ、まるで古代遺跡の鹿森社宅跡

ここもマチュピチュ、まるで古代遺跡の鹿森社宅跡
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「マイントピア別子」は別子銅山最後の採鉱本部が置かれていた場所。現在は道の駅として開放されており、別子銅山観光のメインスポットとなっています。観光坑道や第四通洞など、園内では多数の産業遺産を見学できますが、近くに町の遺跡があるのはあまり知られていません。それが「鹿森社宅跡」です。

歩いて15分ほど道を登ると突然現れる、はるか山の上まで続く大階段。かつてはここに、ずらりと社宅が建ち並ぶ鉱山町があったとは信じられません。森の中に静かに眠る石垣の町の跡は、まさにインカの古代遺跡のようです。付近には鉄橋跡や、公共浴場の浴槽、小学校の門など、当時の生活を偲ばせる遺構がのこっています。

かつてはここで、別子銅山に従事する人々とその家族が生活を営んでいました。現在は建物はすべて取り壊され、植林によって町は森に変わっています。古代遺跡のような風景の中に、時々当時の昭和の生活を垣間見れる不思議な場所です。

森の中に眠る、明治時代の巨大な鉄橋

森の中に眠る、明治時代の巨大な鉄橋

道の駅マイントピア別子から「東平」に自身の車で向かうなら、是非立ち寄りしていただきたいのが「遠登志橋」(おとしばし)です。鹿森ダムのループ橋を過ぎてすぐの売店前に遊歩道入口があり、歩いて5分足らずの場所にあります。遠志橋は明治38年に完成した鉄橋で、現存する鉄橋としては最古のもののひとつ。この渓谷の上部にあった「東平」へ向かう生活道路で、近代化遺産にも登録されています。

実は「遠登志橋」は下部の鉄橋と上部の吊り橋の二重構造。下部が明治時代の「遠登志橋」であり、上部は平成になって作られた吊り橋という珍しい構造になっています。吊り橋は今も渡る事ができ、美しい透明な水を湛えた渓谷美を橋の上から堪能できます。特に、秋には付近は紅葉がとても美しく、山の赤と鉄橋の赤が、見事な風景が楽しめます。貴重な産業遺産の姿と見事な渓谷美を同時に楽しめ、通り過ぎるにはもったいない場所です。

「東洋のマチュピチュ」で森になった町

「東洋のマチュピチュ」で森になった町

「東洋のマチュピチュ」として人気を博しているマイントピア別子の「東平ゾーン」。標高750mを越える山上にかつては3000人を超える人々が生活をしており、その遺構がまるでマチュピチュのようだと、近年ではとても多くの人が訪れています。代表的な遺構である「貯鉱庫」と「東平記念館」を見学して帰られる方が多いようですが、せっかく山の上まで来たのにそれはもったいない。少し歩くだけで見ごたえのある遺構が付近には多くあります。そのうちの2つを紹介します。

まず、東平の中心となった鉱山街の遺跡を訪れます。インクライン跡を下りきった貯鉱庫の下部から森の中に道が続いており、この道の先に森になった町が眠っています。多くの人が歌舞伎などの観劇を楽しんだ娯楽場、病院や生協、さらには保育園。そんな一昔前の町並みすべてが、森になっています。東平が賑やかな町だった当時の写真が東平記念館に展示されています。「森になった町」を散策した後にその写真を見れば、その変わりように驚くこと間違いありません。

中に入れる!当時のまま手つかずの産業遺産

中に入れる!当時のまま手つかずの産業遺産

東平の知られざる遺構の2つめは、第三通洞のそばにある「第三変電所」です。こちらは現地案内にも紹介されていますが、ほかの遺構とは一味違います。駐車場から案内板に従い車道を奥に歩いて進みます。途中、車が通れない遊歩道になりますが、よく整備されていますので5分ほど歩きましょう。

第三通洞前に到着すると、火薬庫跡などの産業遺産を見る事が出来ます。その中のひとつが「第三変電所跡」です。明治37年に建てられたレンガ造りの建物で、水力発電所から送られてきた高圧電流を、鉱山用・家庭用に変電する施設でした。堅牢な建物は、当時の姿のまま今も残っています。

別子銅山のほとんどの産業遺産は立ち入り禁止か観光施設にリニューアルされていますが、この「第三変電所」は内部に自由に入る事ができます。施設内には当時のものと思われる缶や瓶も残されており、時間の流れに身を委ねて少しずつ朽ちていくレトロな雰囲気は、産業遺産としては超一級品です。また、建物内部は産業遺産としておすすめの写真スポット。アーチ窓は写真の被写体として絶好で、特に夕方の時間帯は傾いた日差しがレトロな空間に差し込み、とても美しいです。

本来ならば「第三変電所」は近代化遺産に登録されるべき貴重な建物です。決して落書きや破損、備品の持ち帰りはされないようにお願いします。

まだまだ知られていない事ばかりの別子銅山

人気の観光スポット以外にも多くの産業遺産が残る別子銅山。登山装備があれば、「東洋のマチュピチュ」から登山道を進むことで、さらなる産業遺産を見学することも可能です。

別子銅山は閉山時に木を植え、すべてを森に帰しました。そのため少しだけ立ち寄ったり脇道にそれるだけ、深い森の中でもすぐに当時の遺構を見つけることができます。今回紹介したスポットはスニーカーなどの歩きやすい靴があれば大丈夫です。ぜひ、もう少しだけ時間をかけて、まだ知られていない別子銅山の魅力を楽しんでみてください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2015/07/20 訪問

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