思慕し続けた詩人の故郷 掘割と白壁の福岡柳川「北原白秋生家」

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思慕し続けた詩人の故郷 掘割と白壁の福岡柳川「北原白秋生家」

思慕し続けた詩人の故郷 掘割と白壁の福岡柳川「北原白秋生家」

更新日:2016/05/16 17:02

万葉 りえのプロフィール写真 万葉 りえ アマチュア写真家

詩人であり、短歌会を結成し、童謡運動を行った北原白秋。多くの方がご存知でしょう。
しかし、私生活ではスキャンダル事件で当時の新聞を騒がせたことも。後年「詩聖」とまで言われた白秋が、「我が詩歌の母体である」と言い切ったのが、故郷柳川でした。柳川なくして白秋は生まれなかった。それほど白秋が愛した柳川は、掘割がめぐり白壁が美しい、独特の景観をもつ城下町。

さあ、柳川へ、詩情あふれる旅へ出かけませんか。

旅情たっぷり!町を巡る掘割になまこ壁の風景

旅情たっぷり!町を巡る掘割になまこ壁の風景

写真:万葉 りえ

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歌ったという覚えはなくても、「♪赤い鳥 小鳥 なぜなぜ赤い 赤い実を…(赤い鳥小鳥)」「♪雨 雨 フレフレ母さんが…(雨降り)」「♪ゆりかごの歌を カナリアが歌うよ ねんねこ ねんねこ…(ゆりかごのうた)」など、どこかで聞いたメロディが記憶の彼方からよみがえってくるのでは。
これらの童謡を作ったのが北原白秋です。

水郷柳川は、立花藩の城下町。町を縦横に結ぶ堀や川と、それを巡る観光の川下り船が有名です。白秋生家があるのは、その船の下船場近く。

北原家は代々柳川藩御用達の海産物問屋として栄えただけでなく、父の代には酒造業が盛んになり、屋敷の奥には酒蔵が十ほども立ち並んでいたといいます。白秋は周りの人々からは「油屋(北原家の屋号)のトンカジョン(大きい坊ちゃん)」と呼ばれていたと自分の作品にも残すほど。かなりのお坊ちゃんだったのでしょうね。

思春期を襲った生家の没落

思春期を襲った生家の没落

写真:万葉 りえ

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そんな裕福な家で育った白秋は、10歳ごろから古典などの文学に関心を持つようになります。のちには詩歌などに熱中しすぎたためか、優秀だといわれていたのに中学では落第をしてしまいます。それでも、同人雑誌に詩文を掲載することをやめませんでした。

この地域一番の酒造業を営んでいた北原家。当然父親は長男である白秋に跡を継がせようと思っています。
白秋の父が仕事の采配をしていた部屋も、火鉢のそばに父が座っていたという当時の様子をもとに復元されています。その父の後姿を、少年の白秋はどんな気持ちで見ていたのでしょうね。
父が座っていた後ろには、父の部屋。仕事上の大事なものや金銭などがしまわれていたこの部屋には、家族といえども立ち入ることを許されませんでした。

白秋は母屋から廊下でつながった離れを自室にしていたといいます。「勉強のため」の離れだったのかもしれませんが、その部屋で思う存分詩作にふけっていたのかもしれません。

しかし、白秋が16歳の時、大火が四千坪の土地を持つこの家を襲います。類焼により、立ち並んでいた酒蔵は新酒・古酒ともども焼き尽くされ、残ったのは細い堀を隔てて建っていたこの母屋でした。

抑えきれなかった文学への情熱

抑えきれなかった文学への情熱

写真:万葉 りえ

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大火の後、家の再興をはかる父に無断で白秋は中学をやめて、家出のように東京へ向かいます。

早稲田大学英文科予科に入学。やがて詩文が世間に認められるようになっていきました。
そして、明治44年に出版された詩集「おもひで」が絶賛をあびます。この詩集の序文には「…今はただ家を失ったわが肉親にたった一つの贈り物…」と記されており、全巻を通して柳川の風土や思い出の日々が詩に込められています。再興に努力したものの、結局北原家は故郷柳川を出ねばならなかったのです。

隣に住んでいた夫人との恋愛沙汰で姦通罪をとわれ、結婚と離婚を繰り返し、人間関係でも悩み、白秋の傷ついた心がますます文学への思いを強くしていったのでしょうか。詩作だけでなく、短歌、そして童謡運動へと創作の世界を広げていきます。

生家を見学したら、ぜひ資料館も

生家を見学したら、ぜひ資料館も

写真:万葉 りえ

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「水郷柳川こそは 我が生まれの里である 
この水の柳川こそは 我が詩歌の母体である
この水の構図 この地相にして はじめて我が体は生じ 我が風はなった…」

のちに、白秋は、生まれ故郷柳川をこう評します。
こんなにも思慕していた柳川の地を白秋が再び訪れることができたのは、「おもひで」の刊行から20年も後になってからのことでした。

現在焼け残った生家が復元されて公開されています。敷地の奥には「柳川市歴史民俗資料館」もあり、白秋をしのぶ品々を見たり、白秋の詩魂ともいえる柳川の歴史や風土について知ることもできます。

写真は、柳川市歴史民俗資料館の入り口で撮影したものです。白秋の写真の後ろに見えているのが、白秋の生家の母屋や蔵です。

おわりに

白秋生家ではセンサーによる建物案内もあるので、白秋についてよく知らないという方でも大丈夫。
福岡からなら、西鉄電車の観光切符がお得です。(MEMO参照)

生家や資料館で白秋の生きざまを知るほど、この家、この風土がなければ、詩聖・北原白秋は生まれず、多くの人が幼いころに聞いたことがある童謡も生まれてこなかったことに、感慨深くなります。

静かな生家の縁側で庭を眺めていると、白秋の詩や童謡の一片から、それぞれの懐かしい「おもひで」がよみがえってくることでしょう。

掲載内容は執筆時点のものです。

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