ご紹介するルートの目的は長いアプローチを辿り、仏師の彫り上げた十一面千手観音ならぬ、自然の造形の千手の滝に出会うこと。
アプローチの長さは、この滝に出会った時の感動を常ならぬものとする仕掛けだと思えば納得できます。
四季を通して、この道中にはさまざまな生き物が行き交い、いのちの尊さをさりげなく示してくれています。
そして、鷲峰山(じゅぶさん)の奥儀・千手の滝は、幾多の困難をものともせずに辿り来た者すべてを千の御手を広げてしっかりと抱きとめてくれる観音菩薩そのものです。
この滝は、高名な瀑布では決して味わえない秘密世界に属する何かを体得するに充分な癒し効果があります。
維中バス停から車道を歩くこと30分、いよいよ旧登山道に差し掛かるとっかかりに大道神社があり、その脇には手入れの行き届いた塚があります。
これは、平家に組した信西入道(藤原通憲)が平治の乱で源氏により討ち取られた信西の首塚。
目指す奥山の金胎寺は、白鳳時代の675年役行者によって開かれたといわれ、奈良時代に聖武天皇の勅願寺として堂が建てられました。
そののち、吉野の大峰山に対し北の大峰と呼ばれ、中世の絵図には58もの堂塔が描かれるほど栄えました。
しかし、後醍醐天皇が笠置落ちの際に入山したため、鎌倉幕府によって焼き払われ徐々に衰退、現在では山頂に多宝塔と宝筐印塔(いずれも重文)を残すのみとなっています。
寺は礎石を残すのみで現存しませんが、我が国の歴史にとって等閑視できない標高682mの山頂付近は「金胎寺」として史跡指定を受けています。
金胎寺山門よりふたたび尾根筋を歩くこと20分。役小角(迎え行者)像から落差百メートルほどの絶壁をよじ降り、再び登る行場はスリル満点。
東西の覗き、胎内くぐりなど大峰山に模した各所で息を調えながら岩伝い、鎖にすがること約2時間。千手の滝を眺めて、汗をぬぐい口を漱ぎ、再び迎え行者像まで登り切った時の達成感は言語に絶します。
この行場は、これまであまたの磐座を巡ってきた熟練者でもちょっと緊張を強いられるほどの荒々しいもの。
同行者にしっかりした先達がいない場合や、少しでも意気阻喪されるときは絶対に取りつかないこと。事故につながります。
旧登山道からは丁石を辿る巡礼の道。道すがら四季おりおりのきのこや花や果実、そして小動物たちのサインで満ちていますので、退屈することなく山門まで辿ることができます。
ただ水飲み場はありませんので、水分補給は各自で。
鷲峰山は全山マツタケの留め山となり、シーズンにはテープが張り巡らされますので、くれぐれも山道脇に分け入って藪をガサガサすることの無きように。
写真はイッポンシメジの仲間のキイボカサタケ。色は同形で黄色、赤、白の三色あり、このきのこは経験的にマツタケ山でよく見かける可憐な表情のきのこです。
典型的な松まじりの広葉林がひろがる当山は、いつ訪ねても50種はくだらないきのこと出会うことができ、これもこの山の魅力のひとつになっています。
土・日・祝日には、ふもとの一言寺の寺僧と思われる若い人が休憩所の清掃に登ってきます。が、無住が本来の姿ですので、あてにしてはなりません。
車で来ると山頂付近まで道はあり、地元の人なら登ってくることはできるそうですが、このルートは歩いてこそ体験できるかけがえのないものですので、不便は承知でぜひハイキングするつもりでおでましください。
下山路は山門脇より和束町方面の原中集落バス停までスギ林の中に取り、途中からは一面の茶畑の中を約1時間一挙に駆け下ることになります。原中からは、JR加茂駅行きのバスが出ています。
しかし、この道はいささか膝にきますので、自信の無い方は来た道を戻り維中バス停から宇治へ帰りましょう。
写真は金胎寺跡に残る山門。
交通が不便といっても、この路線は和束町側のJR加茂駅、宇治田原町側のJR宇治駅より1時間に2本以上は出ています。事前にタイムテーブルをよく把握の上、余裕をもって行動いたしましょう。
便利な生活に馴れた現代人にとっては、いささか困難とされるルートですが、他のパワースポットには見られない稀有な体験が得られますので挑戦に価いします。
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(2023/12/10更新)
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