ミシュラン3つ星の縁切寺!フランス人が愛する鎌倉・東慶寺の魅力を探る

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ミシュラン3つ星の縁切寺!フランス人が愛する鎌倉・東慶寺の魅力を探る

ミシュラン3つ星の縁切寺!フランス人が愛する鎌倉・東慶寺の魅力を探る

更新日:2016/02/06 11:14

Naoyuki 金井のプロフィール写真 Naoyuki 金井 武蔵国ナビゲーター、歴史探索ブロガー

2009年に刊行された“ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン”は、日本を訪れる外国人観光者向けのガイドブックです。
掲載地はお勧め度により、星無しから、「わざわざ旅行する価値がある」3つ星まで4分類されています。
今回は、鎌倉の大仏や鶴岡八幡宮でさえ1つ星しか獲得できなかった2015年改訂第4版で、鎌倉・報国寺と共に、全国でも数少ない3つ星を獲得した鎌倉『東慶寺』の魅力を探ります。

映画の舞台となった縁切寺

映画の舞台となった縁切寺

写真:Naoyuki 金井

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東慶寺は、約730年前に北条時宗夫人の覚山尼が開創して以来、明治に至るまで本山を持たない独立した尼寺でした。
室町時代後期に後醍醐天皇の皇女用堂尼が住持となってからは、“松岡御所”と呼ばれ特殊な格式のある寺院となりました。
江戸時代には、日本で群馬県の満徳寺と共に二か所しかない幕府承認の縁切寺となり、女性の離婚に関する役割と、女性救済の寺として明治に至るまで、縁切りの寺法を受け継いできたのです。

井上ひさし原作で2015年の映画『駆込み女と駆出し男』の舞台としてもクローズアップされました。女性側から離婚できなかった時代に、生まれも育ちも全く違う女性3人が過去と決別し、再び強く生き抜こうとする様子を描いたストーリーです。
現在は勿論、縁切寺ではありませんが、この映画の効果もあって、悪い縁を断ち切って良縁を結ぶことができるパワースポットとしても人気を呼んでいるのです。

敢えて小さく造られた山門と門にいたる石段が、当時の縁切寺における世俗との結界で、現在でも女性を大切にするかのような佇まいが、ミシュランに3つ星を付けさせたのかもしれません。

文化財も見逃せない縁切寺

文化財も見逃せない縁切寺

写真:Naoyuki 金井

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東慶寺には多くの文化財があります。
その筆頭が、かつて国宝に指定され、現在は国重要文化財である『聖観音菩薩立像』で、鎌倉特有の技法が取り入れられたすぐれた仏像で、ミシュランでも2つ星を獲得しています。
更に、県指定文化財“水月観音菩薩半跏像”は、鎌倉周辺しか見られない独特のポーズの観音像として一見の価値ある仏像です。

しかし、これら以上に東慶寺らしい文化財が、国重要文化財である『東慶寺現蔵文書』です。
この文書は773通、20冊におよぶ文書の総称で、1383年の“足利氏満寄進状”から、1879年の“たよ内済離縁引取状”まであります。
特筆すべきは縁切関連で、駆け入りから落着引取の始末まで記録された“松岡日記”や、江戸時代には、文字の書けない庶民が多かったので、3本の線とその半分の長さの線を1本書くことにより離縁状と同等の効果があるものとした「三行半(みくだりはん)」と呼ばれた“離縁状”などがあります。

これらを保存・展示しているのが『松ヶ岡宝蔵』で、文化財の宝庫故にミシュランでは1つ星を獲得しています。

歴史と文化の見える縁切寺

歴史と文化の見える縁切寺

写真:Naoyuki 金井

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長い歴史の中で東慶寺を繁栄させた最大の功労者が『天秀尼』です。
天秀尼とは豊臣秀頼の息女、つまり豊臣秀吉の孫にあたり、7歳の時に家康の命により、2代将軍秀忠と江の娘・千姫の養女として東慶寺20世住持になりました。

当時、会津藩のお家騒動で、うつけの藩主が家老を惨殺し、東慶寺に逃げ込んだ家老の妻を殺害しようと妻の引き渡しを迫りました。
天秀尼は怒り「藩主を罰するか、この寺を廃止するのか!」と幕府に女性擁護の権利を主張した結果、会津藩は幕府により改易され、家老の妻は無事帰国したのです。
これにより東慶寺の特権と格式が強く認められることとなったのです。

苔むす趣のある墓地には、この天秀尼を始めとした歴代住持の墓所があります。
手前の大きな無縫塔が天秀尼の墓で、その後ろに鎌倉ならではの横穴式の納骨窟である“やぐら”が2つあり、右が松岡御所の用堂尼で、左が開山の覚山尼の“やぐら”という、まさに歴史・文化的にも貴重な墓所なのです。
また、この他、仏教学者・鈴木大拙、哲学者・西田幾多郎、岩波書店創業者・岩波茂雄など、多くの文化人が眠っているのも注目です。

花でも知られた縁切寺

花でも知られた縁切寺

写真:Naoyuki 金井

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東慶寺は梅で有名ですが、梅が終っても四季折々の綺麗な花々が見られます。
春の桜は、まるで季節を追いかけるように、まず鐘楼の向かいの彼岸桜が咲き、終わると本堂中庭の枝垂桜、そしてやや遅れて本堂と寒雲亭の門にはさまれた枝垂桜、そして山門左のウコン桜・書院の八重桜と日本の華やいだ風情が楽しめます。

梅雨時期になると、鎌倉のシンボルとも云うべき黒姫・額・柏葉の各紫陽花が咲き誇りますが、この時期特に見逃せないのが“イワタバコ”で、花としては珍しくないのですが岩肌一面に咲く光景は他に例を見ません。また、同時に本堂裏の“イワガラミ”も壁面一杯に咲き誇ります。
通常、本堂裏には立ち入れないのですが、この時期だけ特別公開され、毎年行列のできる人気なのです。

そして秋にはコスモス・ホトトギス・リンドウが咲き乱れてから紅葉が始まり、日本のしっとりした美を堪能することが出来るのです。

東慶寺の花々は、かつての尼寺の女性たちを飾るのか、あるいは修行に疲れた心を癒すためなのか、煌びやかに彩っており、東慶寺の庭園は、ミシュランでは2つ星を獲得しているのです。

連れションもあった縁切寺

連れションもあった縁切寺

写真:Naoyuki 金井

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星とは関係ないながら、ミシュランには『東慶寺の禅』についてのコラムがあります。
内容は不詳ですが、東慶寺の禅と言えば境内にある“夏目漱石参禅百年記念碑”を紐解くことになるでしょう。

明治27年末に漱石が、円覚寺の釈宗演老師のもとに参禅したことは、小説「門」で有名ですが、大正元年、二度目に訪ねる時に老師は東慶寺の住持でした。
そこで漱石は東慶寺を訪れたのですが、その時、同道した友人が何と山門手前の田んぼに向かって立ち小便をするので、漱石も用心の為として“連れション”したことが小品「初秋の一日」に書かれています。
そして老師と再会を果たすのですが、老師は、この漱石の来訪を手紙でジャーナリストの阿部無仏に送っています。
この「初秋の一日」と手紙の一部が碑に刻まれており、ご丁寧にも、漱石が“連れション”をしたであろう場所に建てられており、在りし日の老師と漱石を偲ばせているのです。

この漱石が師と仰ぐ釈宗演老師こそが、円覚寺派と建長寺派の官長を兼務し、2度にわたる訪米でアメリカ人に禅を指導し、世界的に“ZEN”を広めた偉大なる老師で、その功績は世界的に知られているのです。

最後に。。。

日本版のないグリーンガイドは、残念ながらフランス語の読めない筆者としては、その選定理由が不詳なので、その星の数によって推測するしか無いようです。
東慶寺としての3つ星、聖観音と庭園が各2つ星、そして松ヶ岡宝蔵の1つ星で合わせて8つ星という輝ける星は、自然と精神の融合による美を意味しているのかもしれません。

鎌倉観光の際には、是非、8つ星の『東慶寺』に寄られ、フランス人に愛される理由をあなたなりに探してみてください。

なお、関連情報に小説《門》のモデルとなった円覚寺と夏目漱石の禅問答の様子をご紹介しています。

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/07/25 訪問

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