義経と生シラス!鎌倉・満福寺は江ノ電が走る腰越状所縁の寺

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義経と生シラス!鎌倉・満福寺は江ノ電が走る腰越状所縁の寺

義経と生シラス!鎌倉・満福寺は江ノ電が走る腰越状所縁の寺

更新日:2015/08/30 15:03

Naoyuki 金井のプロフィール写真 Naoyuki 金井 武蔵国ナビゲーター、歴史探索ブロガー

鎌倉にある『満福寺』は、源義経が腰越状を書いた寺院として有名です。
平家を討ち滅ぼした源氏のヒーロー義経でしたが、兄・頼朝の怒りを買い、鎌倉入りの凱旋が許されない事態に陥ったのです。
そして鎌倉の腰越で留め置かれた義経一行は、頼朝に許しを乞うために盟友弁慶と共に後世“腰越状”と呼ばれる嘆願文を記し、頼朝に差出したのですが・・・。

今回は、この義経と腰越状所縁の『満福寺』をご案内いたします。

義経も驚く江ノ電の通る古刹

義経も驚く江ノ電の通る古刹

写真:Naoyuki 金井

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鎌倉市腰越の小高い山の上に鎮座しているのが『満福寺』で、僧行基が744年開山した鎌倉でも屈指の古刹です。
鎌倉で一番古い寺院の“杉本寺”が734年創建ですから、その由緒は推して知るべしでしょう。
正式名は龍護山医王院満福寺で本尊は薬師三尊像。
東国の疫病を沈静させるため行基が勅命により、この地で霊威を得て薬師如来を祀り、以来、薬師さんとして親しまれ、病気平癒の仏として信仰されました。

腰越の地は、三浦半島を経由し海路で房総半島に向かう古代の海道が走っていた交通の要所であり、鎌倉の西の出入り口として古代から宿駅として栄えていました。
こうした地形から西国で軍功をあげた義経が、この地で足止めされる羽目になったのです。

現在は、山門の前を江ノ電が通る、鎌倉らしい穏やかな風情を感じることができます。

頼朝に嫌われた義経

頼朝に嫌われた義経

写真:Naoyuki 金井

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平氏を追討した功績により、義経は朝廷から官位を授かりました。
しかし、武士政権樹立を考えていた源頼朝は、朝廷に諂い、頼朝の存在をないがしろにした軽率な行動の義経に不満を持ったのです。
これに輪をかけたのが、義経についていた梶原景時による、義経の戦功独り占めという密告で、1185年4月15日、頼朝は、京での勤仕を命じて東国への帰還を禁じたのです。

高をくくっていた義経は、捕虜の平宗盛父子を護送して鎌倉に凱旋しようとしたのですが、頼朝は弟と云えども鎌倉入りを許さず、宗盛父子だけを鎌倉に入れ、義経は腰越の満福寺に2週間泊め置かれたのです。
そして5月27日、義経は、一通の嘆願状『腰越状』を、頼朝に差し出したのです。

境内には弁慶の腰掛け石や手玉石、「腰越状」を書く時に墨を摺る水を汲んだ硯の池など、義経・弁慶ゆかりの品々が残されています。

義経の書いた腰越状の下書き

義経の書いた腰越状の下書き

写真:Naoyuki 金井

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満福寺には、この『腰越状の下書き』が、江戸時代に造られた版木と共に展示されています。
“下書き”たる所以は、弁慶が書いたといわれる書状に、義経自らが筆をとって「敵のために命を亡はんことを顧みず」という文字を付け加えたためです。

「兄頼朝の代官の一人に選ばれ、朝敵の平家を滅ぼし、源氏の恥をすすいだにも関わらず、告げ口によって私の努力と功績が無残にも打ち砕かれました。
告げ口の真実が解明されることなく無実の罪を着せられ、兄からの怒りを受けて涙に血が滲むほどです。
どうか、一日も早く誤解を解いて、私の憂いを一掃してください。」

これが、吾妻鏡に記載された腰越状の主旨で、義経の心情がせつせつと訴えられているのです。

無念の気持ちを持ち続けて、2週間滞在した義経の心情を偲ぶことができるでしょう。

伝統工芸鎌倉彫の義経

伝統工芸鎌倉彫の義経

写真:Naoyuki 金井

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結局、義経は鎌倉に入ることは許されず、頼朝を深く恨んで謀反を起こすのですが、最後は奥州の地で自刃し果てたのです。
鎌倉に送られた義経の首は、1189年6月13日、満福寺付近の腰越の海岸で首実検が行われ、首は藤沢の白旗神社に祀られました。

こうした義経の生涯を描いたのが、満福寺本堂の『襖絵』です。
まるで本堂がギャラリーのようになっていて、裏、表32面の襖に描かれています。
特筆すべきは、この襖絵が、鎌倉の伝統工芸である“鎌倉彫”の技法を取り入れた漆画で描かれていることです。
“腰越状”を始めとして、弁慶の立ち往生・平泉への旅・残照の中の義経・静の舞など、力強さと繊細さを併せ持った感動の襖絵です。

天井には48種の鎌倉彫の花々が咲き乱れていますので、義経伝説と共に、鎌倉の伝統工芸鎌倉彫を堪能してください。

義経も味わったかもしれないグルメ

義経も味わったかもしれないグルメ

写真:Naoyuki 金井

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ここ腰越は、江の島も近くシラスで有名です。
満福寺の付近にも4〜5軒シラスが食べられるお店がありますが、注目は、満福寺境内にある『茶房 義経庵』(ギケイアン)です。
小高い丘の境内の、更に小高い墓地の中という驚きのロケーションにあります。

ここでのお勧めは当然、“生シラス丼”で、獲れたてプリップリの極上の生シラスがいただけます。
更にサプライズなのが、土日祝日だけですが、何とピアノの生演奏があります。
ピアニストは、業界では知る人ぞ知る石井秀憲氏で、生シラス丼と生演奏と云う“生”ミスマッチのような、それでいてゴージャスなランチが堪能できます。
そして帰りがけには、高台の墓地から江の島の絶景が見られるおまけ付。

味覚・聴覚・視覚三拍子の『茶房 義経庵』は、鎌倉・江の島観光のおススメです。

最後に。。。

江ノ電、義経、そして生シラスと妙な取り組みが同時に楽しめる満福寺はいかがでしたか。

鎌倉のお寺は昨今とてもお洒落になっていますが、義経のように泥臭くても、癒しと感動が味わえる寺院です。
江ノ電の江の島駅の一つ隣の腰越駅からすぐですので、江の島にいらしたら、是非、寄ってみてください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2015/07/25 訪問

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