心の荷物をほどきたい時会いたくなる…京都・東寺 金堂の仏たち

| 京都府

| 旅の専門家がお届けする観光情報

心の荷物をほどきたい時会いたくなる…京都・東寺 金堂の仏たち

心の荷物をほどきたい時会いたくなる…京都・東寺 金堂の仏たち

更新日:2015/09/06 02:30

万葉 りえのプロフィール写真 万葉 りえ アマチュア写真家

京都駅付近の写真に、定番と言っていいほど入っている東寺の五重塔。東寺はそれほど駅に近い場所にありながら、境内に入るととても静かで、広々とした空間が広がっています。

弘法大師空海が開いた、別名「教王護国寺」。迷ったり、疲れたり、心の荷物が重くなってしまったら、ここへ足を運んでみませんか。

京の都の誕生とともに歩んできた寺

京の都の誕生とともに歩んできた寺

写真:万葉 りえ

地図を見る

JR京都駅の新幹線側の出口を南へ出ると、JRの線路と並行するように八条通が通っています。八条通を西へしばらく行くと交差するのが大宮通。その大宮通で南へ折れると東寺の姿が見えてきます。このように東寺は京都駅からも歩ける近さなんです。

この辺りは、京都に都が移された時代は都のはずれに位置しました。京の入り口として羅城門が築かれ、その羅城門の左右に京を守るために置かれたのが西寺と東寺。

京都・平安京に遷都した桓武天皇は、力を持っていた南都(奈良・平城京)の仏教寺院を新しい都へ移したくなかったといいます。そのため平安京には平城京にあるような大きな寺院が入ることもなく時がたちました。空海が嵯峨天皇から東寺を賜った823年時も、平安遷都から30年も経っているのにわずかに金堂と僧坊が立っているだけの寂れた状態だったといいます。

空海が表したかった曼荼羅の世界

空海が表したかった曼荼羅の世界

写真:万葉 りえ

地図を見る

東寺の見どころである、中心的な伽藍がある区域に入ると、緑豊かな庭の向こうに五重塔がのぞめます。その区域の一番手前にあるのが講堂。

東寺を下賜(かし)しようかと嵯峨天皇から打診された時に、空海は「真言密教の根本道場にしたいので、他宗は受け入れられない」という条件を出しました。なぜなら、それまでの南都の仏教界では華厳宗や法相宗など六宗を学ぶのが習わしになっていたのです。

私費留学僧として唐に渡り当時最新の仏教であった密教を学び、師の恵果からも正統な後継者として認められていた空海。すでに高野山に真言密教のための壮大な伽藍づくりに着手していた空海にとっては、相手が天皇といえども当たり前の条件だったのでしょうね。

密教はインドで発達した教えで、崇拝するのは釈迦ではなく大日如来。大日如来とは人間的な神ではなく、宇宙や自然を表すもの。太陽にもたとえられていて、慈悲と知恵の光で照らすといわれています。なんだか、仏教が入ってくる前から日本人が持っていた自然の中に八百万(やおよろず)の神がいるという自然神の信仰と近いものがありますね。

空海は「真言密教を口で伝えることはできない」と述べており、それを伝える方法としていたのが仏教絵画「曼荼羅(まんだら)」です。講堂の国宝も含む21体の尊像は、その曼荼羅の世界を絵画という平面から立体の世界に置き換えたもの。今の表現にしてしまえば、3Dにして弘法大師空海の教えを表しているといえるのかもしれません。

あたたかく見下ろすような三尊が待つ金堂

あたたかく見下ろすような三尊が待つ金堂

写真:万葉 りえ

地図を見る

講堂の奥に金堂が並び建ちます。講堂ではたくさんいらっしゃる諸尊の放つパワーに圧倒されますが、金堂に入るとホッとした気持ちがわいてくることでしょう。

こちらの中心は薬師如来で、わきに日光・月光菩薩がいらっしゃるという三尊のみなんです。三尊ともそれぞれに大きな像なのですが、金堂の建物が大きいからなのか威圧感がありません。むしろ、この金堂に入ってきた人々をあたたかく見守るように見下ろされています。

晴れた日でも少し薄暗い堂内。対話するかのように金堂の壁際に腰かけて、長い時間じっと見入っている方もめずらしくありません。静かに金堂の中に入っていき、それぞれが好きなだけ仏様と対話し、心の中に抱えていたいろいろなことを少しだけ軽くして帰っていく…ここでは、そんな時間が流れていきます。

東寺の諸仏は1100年間秘仏とされてきたものも多いそうです。だからなのでしょうか、桃山時代に金堂が再建されたときに作られたというこれらの諸尊も何かを秘めたような表情でたたずんでいらっしゃいます。人々が心に抱えていたものを、三尊それぞれが包み込むような表情でただ黙って聞いてくださる。金堂の空間は、そんな空気でみたされています。

おわりに

平城京ができた時に先に建っていた西寺は、東寺よりも格が上だとされてきました。今は礎石が残り、碑が立っているだけです。貧窮の時代もありましたが、一時的ではあっても権力者の寄進があり、何より、名もなき一般庶民の弘法大師への変わらぬ心が東寺を現代へとつなげてきたのでしょう。

薬師如来は、庶民の病苦を癒し、災いを消し、守ってくれると信仰されてきた仏です。日光・月光菩薩も薬師如来の教えを助ける使命をもって傍に立たれています。
心の中で固くしばっていた重い荷物の紐をほどいて、誰かに話を聞いてほしいと思ったとき…体だけでなく、心の平安も与えてくださるという三尊に、金堂の空間でお話してみませんか。

この記事の関連MEMO

掲載内容は執筆時点のものです。

- PR -

条件を指定して検索

トラベルジェイピーで一緒に働きませんか?

- PR -

旅行ナビゲーター(在宅ライター)募集中!
この記事に関するお問い合わせ

- PR -