愛知県は蒲郡にある「蒲郡クラシックホテル」。おお、こんなところにこんなにシブい宿があったとは、と思わずにはいられない、不思議なホテルです。
海辺の小山に立つ姿はお城のようです。が、近づいてみると、中国の宮殿のようにも見えるし、当然、ホテルだけに洋風建築でもあります。和洋折衷ならぬ、和中洋折衷といった感じです。
実はこのホテル、世の栄華盛衰に思いを馳せずにはいられない歴史あるホテル。1933年、当時の鉄道省国際観光局は外国人誘致のため、外国人向けに15のホテルの建設に乗り出しました。いまで言う、完全にインバウンド事業ですね。
そして、まさにその一つが、創業は1934年の当ホテル。同時期には、宮崎駿監督のジブリ映画「風立ちぬ」のモデルと言われてる「雲仙観光ホテル」も翌年の1935年創業しています。つまり、このホテルはまさに政府が海外に向けて威信をかけたホテルと言えます。当然、格調高い雰囲気があり、それこそ「風立ちぬ」の世界。
それにしても、なんでまた全国的に知名度もあまりない、蒲郡に? いまはラグーナテンボスなんかもありますが。。と思っていたところ、これまた歴史が深いです。
蒲郡の開祖は「新古今和歌集」の編纂者、歌人・藤原定家の父、藤原敏成。この人が蒲郡のその風景に惚れ込み、日本七弁天の一つ、八百富神社を竹島に勧請するなど、発展に寄与しました。竹島は昭和初期に国の天然記念物に指定されています。
確かに、おだやかな三河湾に浮かぶ竹島には、歴史に名高い歌人も愛しただけあって、風流な味わいがあります。おそらく昔の日本では由緒ある観光地だったのではないでしょうか。そこに建つ「蒲郡クラシックホテル」はいにしえと近代、二つの日本のよき時代を反映したかのようにおだやかで気品のある佇まいを現代に残しています。
さらに蒲郡クラシックホテルの歴史を紐解いていきましょう。最初は料理旅館の常盤館の洋風別館としてスタート。その常盤館には、菊池寛、川端康成、志賀直哉、三島由紀夫といった錚々たる文人たちが宿泊していました。
川端康成が「伊豆の踊子」を湯本館で、志賀直哉が「城の崎にて」を三木屋で、そして三島由紀夫が「獣の戯れ」を宝来屋でと、文豪はよく旅館で執筆していますよね。この流れを作ったのがなにを隠そう、この常盤館です。
常盤館のオーナーが、作家をタダで泊まらせる代わりに旅館や旅館のある観光地を作中に登場させてもらう、ということを考え出したとのこと。いまでいう、タイアップ、バーターですね。ここが発祥だったんです。
ちなみに、常盤館、竹島と所縁のある文人と作品は、菊池寛「火華」、志賀直哉「書簡」、川端康成「驢馬に乗る妻」「旅への誘い」、三島由紀夫「宴の後」、池波正太郎「よい匂いのする一夜」、井上靖「ある落日」、谷崎潤一郎「細雪」と枚挙に暇がありません。
そんな文豪たちの文学世界を感じながら夜の蒲郡クラシックホテルの館内を徘徊するのはとても優雅な時間となるでしょう。
歴史ある当ホテル、さて、現在のホテルはどうでしょうか。館内に入ると、まずドアマンが筋目正しい服装で待機しています。
「蒲郡クラシックホテル」のよさは、歴史、建築のすばらしさもさることながら、そのきちんとした落ち着いた雰囲気にあります。
正直なところ、創業当時の栄華はなく、いまは知る人ぞ知る的なホテルですが、創業当時からの意識の高さ、サービスはそのままに、お値段は実はとてもリーズナブル。同額のホテルでは絶対に味わえない高品質なサービス。ホスピタリティの高さ、落ち着き。がしかし、こちらが居住まいを正さなきゃ、と思うほど緊張を強いることもなく、ふだん使いしたくなるホテル、というのが最もこのホテルの良さです。
全体的におおらかな優しさを感じさせる接客です。まさに「風立ちぬ」の主人公のように、だらだらと滞在したくなるホテルです。とはいえ、館内を浴衣や寝間着姿で歩いている人はいません。このバランスがいい。ホテルマンと宿泊客の両方がこのホテルを育てている感じがします。
蒲郡クラシックホテルでぜひ見て欲しいのは、和洋折衷の摩訶不思議なテラス。テーブル席はいまっぽい洋風ながら、柱にはお寺とかにある玉ねぎみたいな装飾が施されており、まっすぐどまん前に竹島が据えられている。万葉の時代に来たかのような絶景。洋の東西も時代も超越した不思議な空間がそこにはあります。
テラス席の隣接した屋内はラウンジバー「アゼリア」。三河湾に夕日が沈んでいくのをゆっくり眺めつつ、オリジナルカクテルを飲むのはまさに至福の時間となるでしょう。バーですけど、子供といても全然問題ない雰囲気が心地いい。別荘みたいな居心地のよさです。
夕食をとることになるメインダイニングルームの雰囲気はかなりムードよし。ゴージャスながら華美じゃなく、どこか懐かしい居心地のよさがあります。
雰囲気は超高級、「マキシム・ド・パリ」的な感じですが、客層がよく、リラックスして夕食を味わうことができます。バイオリンの生演奏もあり、多少騒いでもあまり気にならないぐらいのざわつき。仄暗い照明もかなりムーディでホテルの雰囲気を存分に楽しめます。
そして、お部屋ですが、ベーシックなお部屋は昔のホテルらしく、あまり大きくはありません。スイートルームはもちろん大きいですが、クラシックホテルと名が付いていて、大きさを期待しても仕方ないです。部屋の中は決して大きくないけど、とにかくスキッときれいで好感が持てます。
狭かろうが、部屋に入った瞬間、あ、ここ居心地いいかも、と思える理由って一体なんなんでしょう。この部屋はまさにそんな部屋です。
ベッドに横になったり、脇の小さいイスに座って、本を読んだりするだけで気持ちが和みます。ちょっと飽きたら、竹島が見えるカフェのテラス席に行ってみて、夕方からビールを飲む。そんな過ごし方がぴったりです。部屋からカフェ、ロビー、庭が一つの家のように機能的で、もはや共用部分のあるシェアハウスのように使い勝手がいいです。
お風呂も小さいのに、居心地がいいです。きれいに磨き上げられた浴槽、タイル、洗面台。バスルームに窓が付いているので閉塞感がなく、夕方からお風呂に入るとリラックス感も一段上がります。
ほんとにコスパいいこのホテル。施設として何の問題もありません。
もちろん、もっとお金出せばいいホテルはあります。しかし、このお値段でこのクオリティは十分、というかそれ以上です。
ホテル初心者は、肩肘張らずホテルのよさを味わえ、ホテル常連客は、ホテルの愛おしい味わいを堪能できるのではないでしょうか。
この記事の関連MEMO
このスポットに行きたい!と思ったらトラベルjpでまとめて検索!
条件を指定して検索