写真:乾口 達司
地図を見る「大庭の大宮さん」とも呼ばれる神魂神社(かもすじんじゃ)の主祭神は、伊弉冊大神(イザナミノミコト)と伊弉諾大神(イザナギノミコト)。もとは天穂日命がこの地に天降って創建したものと伝えられます。近くに出雲国府跡が残されていることからもわかるように、当地は古代出雲の中心地であり、事実、天穂日命の子孫と伝わる出雲国造家が25代にわたって神魂神社に奉仕してきました。出雲国造家はやがて出雲大社の祭祀をとりおこなうために大社の鎮座する地に移りますが、その後も「神火相続式」(火継式)や「古伝新嘗祭」の際には当社に参向しているとのこと。そのことからも、神魂神社と出雲大社との関わりの深さがうかがえるでしょう。
当然、本殿の形式も出雲大社との共通点を数多く持っています。写真はその本殿を撮影したもの。ご覧のように、その造りは出雲大社本殿と良く似通っていますよね。こういった形式の建物は「大社造り」と呼ばれ、神魂神社の本殿は出雲大社本殿と並んで国宝に指定されています。しかし、建物自体の創建年代は、実は神魂神社の方が古いのです。出雲大社の現在の本殿は1744年(延享元年)に建てられたもの。一方、神魂神社の本殿は天正11年(1583年)の再建であり、一説には正平元年(1346年)までさかのぼるとされます。
写真:乾口 達司
地図を見る出雲大社本殿との共通点は、随所に見られます。なかでも、真っ先に気づくのは、階段の取り付けられている位置。出雲大社本殿と同様、神魂神社本殿も向かって右側に階段がとりつけられています。階段正面に両開きの板戸がとりつけられている点も同様。平面は出雲大社本殿の半分程度ですが、上から見下ろすと「田」の字に見える2間四方の構造など、規模こそ違えども、パッと見て全体的に建築の構造が良く似通っていることは、誰もが気づくはず。荒垣(瑞垣)にかこまれているため、その構造がわかりづらい出雲大社に対して、こちらはすぐ目の前で大社造りの構造を学べるのは嬉しいですね。
写真:乾口 達司
地図を見る出雲大社の本殿よりも古い形式を伝えていることを知るため、背面にまわってみましょう。床下が建物の全高に比べてきわめて高く、大社造りが古代の高床式倉庫から発展してきたことを教えられます。なかでも、特に注目していただきたいのは、中央の棟持柱。良く見ると、壁面から大きく張り出していることが、おわかりになるはず。板戸が横にはめ込む形で上下に並べられているのも古式を伝えている点。出雲大社本殿よりも古い様式をご自身の目でじっくりご確認ください。
写真:乾口 達司
地図を見る出雲大社のもう一つのシンボルといえば、やはり拝殿正面に張られた大注連縄を忘れてはなりません。もちろん、出雲大社と深い関わりを持つ神魂神社にも注連縄が張られています。写真は拝殿正面の注連縄。規模は違いますが、こちらも注目です。
神魂神社と出雲大社との関わり、おわかりいただけたでしょうか。松江市内からだとバスで20分ほどの距離にあり、アクセスも快適。周囲には「八雲立つ風土記の丘」などもあり、是非、周辺施設とあわせて参拝し、日本最古の大社造りをご堪能ください。
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(2024/9/14更新)
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