あの世とこの世の出入り口はここに!出雲「黄泉平坂」「黄泉穴」異界への旅!

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あの世とこの世の出入り口はここに!出雲「黄泉平坂」「黄泉穴」異界への旅!

あの世とこの世の出入り口はここに!出雲「黄泉平坂」「黄泉穴」異界への旅!

更新日:2015/10/05 17:12

松縄 正彦のプロフィール写真 松縄 正彦 ビジネスコンサルタント、眼・視覚・色ブロガー、歴史旅ブロガー

出雲は神話の国、あの世とも関係が深い国です。スサノオが支配し、オオクニヌシが訪れた根の国、またスサノオの母が死後に行った黄泉の国、・・。これらの国、一体どこにあるのでしょう? 実は、島根県出雲市に出入り口があるのです。しかも2つも!ドキドキしますが、行ってみましょう。古代人の考えがより深く理解できるはずです。

根の国(黄泉の国)とは?

根の国(黄泉の国)とは?

写真:松縄 正彦

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根の国、それは死者の世界である“黄泉”の国と同じで、この世ではない異界です。黄泉の国はイザナミが死んだ時に、夫のイザナギが後を追いかけていった世界で、地下あるいは海底にあるとされます。
異界にはもう一つ”常世”の国もあります。海のかなたの理想郷、神々の国などと考えられていました。オオクニヌシの国作りを手伝ったスクナヒコナは、常世から来て常世に帰っていったといわれています。

古代、あの世とこの世を自由に往来していたのですが、古事記によると、黄泉の国の出入り口(黄泉平坂:写真)は大和から見て日没の方角(西北)、出雲の国にあると記されています。さあ、まずここから行ってみましょう。

黄泉平坂(よもつひらさか)〜この世とあの世の境界〜

黄泉平坂(よもつひらさか)〜この世とあの世の境界〜

写真:松縄 正彦

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“黄泉平坂”は黄泉の国とこの世との境界です。“坂”が境界を意味します。古事記によればこの黄泉平坂は、出雲の“伊賦夜坂(いふやざか)”とされ、現在の東出雲町にあります。しかしこの場所、見つけるのは少々大変です。
松江方面から車で山陰道を行き、揖屋駅を過ぎると右手に目立たない案内看板があります。そこから脇道に入ってください。あの世への入口ですから、目立たない所にあるのです。

黄泉への入口には石柱が立ち、しめ縄に3つの房が付けられて結界が張られています(写真)。異界からの災いがこの世に入ってくるのを防いでいるのです。さあ結界内部に入ってみましょう。周囲は木々で囲まれ、立ち止まると、あの世の雰囲気が少しずつ漂って来ます。

黄泉の国との境界〜千引きの岩〜

黄泉の国との境界〜千引きの岩〜

写真:松縄 正彦

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神話では、イザナギは黄泉の国で、変わり果てた妻の姿を見て逃げ出します。この時、“桃”の実を3つ投げ、その呪力で追いかけてきた黄泉の国の軍団を退けました。また追いかけてきた妻に対しては大岩(千引きの岩:動かすのに千人の力がいる)で道をふさいでしまいました。

石柱をくぐり小道を進むと、行き止まりに大きな岩が2つ見えてきます。これが神話の千引き岩(写真)です。この先が黄泉の国につながっているのです。
道を塞ぐのに岩を用いたのは、手近かな材料という意味もあるでしょうが、古代、岩は“磐座”のように崇める対象でもありました。動かない(不動)、形が崩れない(永久)なども象徴し、黄泉の国への通路の蓋(ふた)が永遠に壊れない事を意味しているように思えます。

しかしこの場所、なんとなく怖いです。死者がいる黄泉の世界が隣にあると思うと少しゾクっとします・・。

ここには桃が植えられています。「オハツモモ」という桃の原種とされる品種です。神話に記されているように、桃には邪気をねじ伏せる力がある、とされたのですね。
またこの場所に、”比良坂神蹟保存会”が記した「黄泉平坂物語」が置かれています。詳しい説明がありますので参考にして下さい。

もう一つの黄泉平坂〜黄泉穴・「猪目洞窟」

もう一つの黄泉平坂〜黄泉穴・「猪目洞窟」

提供元:(一社)出雲観光協会

http://www.izumo-kankou.gr.jp/地図を見る

出雲にはもう1つ黄泉の国への通路があります。
出雲市猪目町にある“猪目洞窟”がその場所です。黄泉平坂とは少し離れますが、出雲大社の略北方向、日本海に面した東向きの大きな洞窟です(写真)。

出雲国風土記には、“この洞窟の夢を見ただけで必ず死んでしまう”、また、”地元の人は黄泉坂、黄泉の穴と呼び、近寄らなかった”と記されています。ここは”出雲国人の黄泉平坂”なのです。
洞窟の中は真っ暗です。じっとしていると、奥へ吸い込まれそうです。さすが黄泉への通路、洞窟の奥にはさらに穴があるとか・・・。

この洞窟、実は古代人の埋葬場所でした。弥生時代から古墳時代までの人骨が発見されています。古代人のお墓というと古墳を思い浮かべますが、洞窟に埋葬する習慣も古代にはあったのです。

ところで、ここから出土した古墳時代(5世紀)の人骨1体は、3分割された船の舷側板に覆われて葬られていました(船葬)。実は、この“船”が重要です。

洞窟での船葬では、“海に面した洞窟が異界への通路”に見立てられました。船形棺桶の軸方向を海に向けて置き、死者の霊を海の彼方の異界まで運ぶように設定されたのです。
海の彼方の異界という事は、スクナヒコナの“常世”の国を連想させます。そう、ここは埋葬者にとっては黄泉の国への通路ではなく、常世へのワープ場所だったのです。

古代人も常世に行きたかった?

黄泉の国を求め出雲に来ましたが、結局、常世の国への移送場所に出会ってしまいました。古代人も死者の国ではなく、理想郷に生まれ変わりたかったのでしょうか?
埴輪や周濠などで異界を作りそこで再生する、というのが古墳の機能ですが、船で異界へ霊を送り込むというのは対照的な考え方ですね。非常に新鮮な考えで、古代人の豊かな発想に驚きます。

ところで、出雲には西谷古墳群という独自形式の墳墓があります。古墳の四隅が突出しているのですが、この突出部は死者の世界と生者の世界との通路という説もあります。出雲はやはりあの世と関係が深い場所なのです。
なお、猪目洞窟から出土した遺物が、この西谷古墳の隣にある“出雲弥生の森博物館”に保管され、一部が展示されていますので、こちらへもどうぞ。

掲載内容は執筆時点のものです。 2014/06/05 訪問

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