クレオパトラの逸話も残るトルコの世界遺産ベルガマ。見どころはここ!

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クレオパトラの逸話も残るトルコの世界遺産ベルガマ。見どころはここ!

クレオパトラの逸話も残るトルコの世界遺産ベルガマ。見どころはここ!

更新日:2015/09/25 10:16

万葉 りえのプロフィール写真 万葉 りえ アマチュア写真家

トルコのエーゲ海側、ベルガマには世界最古の医療施設アスクレピオンなど、見どころがたくさん。
ここは最も美しいといわれていたペルガモン王国の王都。紀元前4世紀から、芸術、そして科学の中心として繁栄を極めた文化都市だったのです。
今でも丘の上には壮麗な古代王国の遺跡が残り、ヘレニズム時代を代表する遺跡として世界遺産にもなっているベルガマ。丘の上にあるアクロポリスを、伝えられた逸話とともにご紹介します。

海の向こうにギリシャをのぞむ地

海の向こうにギリシャをのぞむ地

写真:万葉 りえ

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ベルガマ(ペルガモン)があるのは、トルコのエーゲ海側。ギリシャでは紀元前8世紀ごろからアテネやスパルタなどの都市国家(ポリス)ができ、やがて、海を隔てたトルコ側にも都市国家を造りだします。
「アクロポリス」とは、その古代ギリシャのポリスのシンボルともなった小高い丘に造られた神殿などがある地域のこと。ベルガマでは標高335mの丘の上に造られています。
この丘にあるアクロポリス遺跡やトラヤヌス神殿をはじめとする歴史的建造物が、街外にある紀元前4世紀に造られた総合医療施設跡のアスクレピオンとともに2014年に世界遺産に登録されています。

見下ろすのも怖いくらいの巨大な野外劇場

見下ろすのも怖いくらいの巨大な野外劇場

写真:万葉 りえ

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この古代都市はアクロポリスがある上市と、中市、下市に広がっていて、現在上市まではロープウェイで上がることができるようになっています。ロープウェイに乗っている途中にも、残された遺跡があちらこちらにあるのがわかります。

この都市が繁栄したのは、アレキサンダー大王の遺産を手にしたフィレタイロスが紀元前4世紀にペルガモン王国(アッタロス朝)を築いてから。次の王、エウメネス1世の時代からは領土も拡大していき、やがて芸術や科学の中心となり、高い文化レベルを誇るようになります。そして、エウメネス2世の頃に、アテネ神殿やゼウス祭壇が建設されるようになっていきました。

現在でも残っている野外劇場跡も紀元前3世紀ごろ建造されたのですが、収容人数はなんと一万人!この都市がいかに繁栄していたかがわかります。
しかし、この劇場の傾斜はかなり急で怖いくらいなんです。写真は、野外劇場よりももっと高い位置にある神殿付近から撮影したものです。観客席の段数は、なんと80段!近くで見学される場合は、足元に十分注意してくださいね。

美女へのプレゼントは、図書館!?

美女へのプレゼントは、図書館!?

写真:万葉 りえ

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マケドニアのアレキサンダー大王がアケメネス朝ペルシャからエジプトを奪い取り、エジプト支配の中心都市として建設したのがアレクサンドリアでした。アレクサンドリアの図書館は、古代世界の学問の中心。しかし、かなり強引なやり方で、あちらこちらから貴重な書物を収集していたようです。

ベルガマのアテネ神殿跡の北側にも図書館がありました。当時最大と言われていたアレクサンドリア図書館をしのぐほどの大きさで、20万冊の蔵書があったといいます。ペルガモンの文化がいかに発展していたかがわかりますね。
当時の書物はパピルスを原料としていた「パピルス紙」で作られていました。学問の中心である地位を脅かす存在だと思われたのか、品不足もあってアレクサンドリアがパピルス紙の輸出を止めてしまいます。そのため、パピルス紙の替わりに生産されるようになったのが「羊皮紙」。
羊皮紙を英語で「parchment」と表すのも、ペルガモンに由来しているからなんです。

繁栄していたペルガモン王国ですが、アッタロス3世の遺言により紀元前133年に領土を共和制ローマへ委譲します。

エジプト攻めの時に焼失させてしまったアレクサンドリア図書館の代わりに、ローマのアントニウスがこのペルガモン図書館をクレオパトラにプレゼントしたという話も残っているんですよ。

ローマ帝国が繁栄した時代のトラヤヌス神殿

ローマ帝国が繁栄した時代のトラヤヌス神殿

写真:万葉 りえ

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丘の頂上の位置に立つのが、ローマ帝国のトラヤヌス帝(在位98〜117)の時に建設が始まったトラヤヌス神殿です。

完成したのはハドリアヌス帝(在位117〜138)の時代だったので、この神殿には二人の皇帝の像を祀っていたそうです。当時、皇帝の神殿を建てるには皇帝の許可が必要だったそうで、それを許された都市にとっては名誉なことだったのでしょう。
まあ、皇帝に対するおべっか…ゴマすり…の面も多分にあったのではないかと推測できますが。
ハドリアヌス帝といえば、漫画、そして映画化された「テルマエロマエ」でも重要な人物でしたね。ここは、あの時代を含めて、紀元前4世紀から紀元後7世紀まで栄えた歴史を持っています。

コリント式の白い大理石の柱が立っていますが、基壇下の構造がかなり良い状態で残っています。アーチになっている通路や小部屋などものぞけるので、足元に気を付けて見学してください。

おわりに…ヘレニズム時代を代表する遺跡の数々

ギリシャの都市国家が神殿などを平地に造っていたら、後の時代になって農作地などに変わり、遺跡は残らなかったかもしれません。この高い丘の上に建てられたからこそ、残ったともいえるでしょう。
ベルガマ(ペルガモン)遺跡は神殿の数が多く、テルメル(豊穣の女神)神殿、ディオニソス(別名バッカス・酒の神)信仰の集会所などが中市にあり、上市とは別の野外劇場跡や、30kmほどかけて水をひいていた水道橋跡なども上市から見下ろすことができます。

マケドニアのアレキサンダー大王が東方遠征を行って、古代オリエントとギリシャの文化が融合して生まれたヘレニズム文化。そのヘレニズム時代を代表する都市だったベルガマ。
現在はのどかな田舎町の雰囲気があるベルガマの、繁栄を極めたころの風を丘の上で感じてきてください。

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掲載内容は執筆時点のものです。

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