長崎市香焼町「円福寺」は弘法大師・空海ゆかりの地名と寺院

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長崎市香焼町「円福寺」は弘法大師・空海ゆかりの地名と寺院

長崎市香焼町「円福寺」は弘法大師・空海ゆかりの地名と寺院

更新日:2017/11/17 13:09

KISHI Satoruのプロフィール写真 KISHI Satoru 岬の狩人、伝記研究者、旅するパンクス

長崎市香焼町は海に囲まれ、石炭業と造船業と共に歴史を築いてきた町。その歴史を遡れば遣唐使として現在の中国に渡った弘法大師・空海の伝説に行き着きます。

約400段の石段を登り終えた場所にあり、毎年4月には“弘法大師祭”が執り行われる曹洞宗・香焼山「円福寺」。本堂脇からさらに石段を登ると弘法大師・空海にまつわる祠もある「円福寺」を“香焼”という地名の由来や歴史も含めて、御紹介致します。

長崎市香焼町・香焼山「円福寺」へのアクセス

長崎市香焼町・香焼山「円福寺」へのアクセス

写真:KISHI Satoru

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長崎県長崎市にある香焼(こうやぎ)町は弘法大師・空海の伝説が残る海に囲まれた町。そのほぼ中心に位置する小高い丘の上に、弘法大師・空海が開いたと伝説が残る曹洞宗・香焼山「円福寺」があります。

円福寺まで続く、約400段の石段が始まる場所には“香焼山”と刻まれた1830年(文政13年)に奉納された山門があります。春には桜が咲き誇る石段を登ってみましょう。
この道程は厳しいかな、と思った方も大丈夫、丘の上までバスも通っているので、そちらを御利用下さい。

香焼町は長崎駅から車で約30分の距離。長崎駅南口のバス停から長崎バス「香焼恵里」行きに乗車すれば、約40分で「香焼行政センター前」に到着します。石段を登りたい方は、こちらで下車し香焼山「円福寺」の最寄りまで行きたい方は「ゆたか荘前」のバス停まで乗車しましょう。

長崎市香焼町と弘法大師・空海の伝説

長崎市香焼町と弘法大師・空海の伝説

写真:KISHI Satoru

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実は“香焼”という地名も、弘法大師・空海の焼香伝説に由来していると伝わっています。一般的な史実では、804年(延暦23年)に遣唐船に乗って難波津(現在の大阪港)から出港し、約三ヶ月間かけて中国福州に漂着となっています。

香焼の伝説では、入唐の折、暴風に遭い当時は島であった、こちらの地に避難。弘法大師・空海は御香を焚いて仏に感謝し祈りを捧げます。その時の御香の芳しい薫りが洞窟内に染み渡ったので、その巌山を“香焼山”、その島を“香焼島”と名付けたと伝わっています。

史実によると「円福寺」の開山は1674年(延宝2年)となっています。当時、佐賀・鍋島藩の管轄地であった香焼の地で、荒れ果てた真言宗の寺院が見つかり再興の後に同藩の宗派・曹洞宗へと改宗されます。

市指定有形文化財「梵鐘」、「六地蔵石幢」、「石灯籠」

市指定有形文化財「梵鐘」、「六地蔵石幢」、「石灯籠」

写真:KISHI Satoru

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「円福寺」入り口の右手側には、市指定有形文化財の“梵鐘(ぼんしょう)”、“六地蔵石幢(せきどう)”、左手側には“石灯籠”があります。
梵鐘は1692年(元禄5年)の銘文があり、高さ106.5センチ、口径は47.0センチで、原市郎左衛門(はら いちろうざえもん)、伊藤甚兵衛(いとう じんべい)らによって寄進されたものです。

六地蔵石幢は、1717年(亨保2年)に建立、漁に来た佐賀の早津江の人が主となり、香焼の人々とともに寄進されたもの。
石灯籠は1807年(文化4年)に建立されたもので、往時、毎月20日の奥ノ院弘法大師御逮夜(おたいや、入定日の前夜)に灯されていたので、内側が黒色に変色しているのが分かります。

石灯籠の脇には桜の木が植えられ、薄紅色の多くの花弁の間からは長崎の海が垣間見えます。桜の花の薫りと共に心を鎮めて、その景観や情緒も味わってみるのもいいですよ。

毎年4月20日、21日の「弘法大師祭」

毎年4月20日、21日の「弘法大師祭」

写真:KISHI Satoru

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毎年、4月20日、21日に「円福寺」で行われるのが“弘法大師祭”。近くの曹洞宗の寺院10数名の御住職によって営まれる法要です。参道脇には様々な出店が並び、子供から大人まで賑わう大祭り。「円福寺」が香焼の人々から“弘法さん”の寺と親しまれているのが分かります。

約400段の石段を登り終えて辿り着いた「円福寺」ですが、本堂の左手から小高い山へと再び石段が続くのです。石段を登り終えた場所には、御香を焚いたといわれる祠があり、弘法大師・空海にゆかりのある履物が納められています。

“弘法大師祭”の日には御開帳されるので、足を運んでみてはいかがでしょうか。かなり急な石段ですので、くれぐれも足元には御注意して下さい。

約400段の石段を登り終えると見事な「香焼の町並み」

約400段の石段を登り終えると見事な「香焼の町並み」

写真:KISHI Satoru

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大阪・阿南には弘法大師・空海が草堂を建て、香気寺(現在の高貴寺)と名付けた場所があります。長崎市にある香焼の町も同様に「香」の字が入り、他の地域の伝承と照らし合わせてみると、さらに弘法大師の伝説にリアリティーが増します。

香焼町には、三菱重工業の幅100メートル、長さ990メートルの世界最大級の「100万トン・ドック」を有する長崎造船所香焼工場や映画『いつか読書する日』のロケにも利用された春には美しいチューリップの咲く「安保地区の花壇」もあります。

“香焼山”と刻まれた山門から約400段の石段を登り終え振り返れば、海、山稜、桜や木々の自然が重なった見事な景観。石段を登ってきた疲れも、瞬時に消え去るほどの光景を堪能して下さい。

長崎市香焼町・香焼山「円福寺」のまとめ

弘法大師・空海の伝説が残る長崎市香焼町にある曹洞宗・香焼山「円福寺」。香焼の名前も弘法大師の焚いた御香に由来するといった海に囲まれた地域。
「円福寺」のさらに上には“香焼総合公園”があり、山頂の展望台からは五島灘、長崎港、天草灘を見渡せる絶景地でもあります。

長崎に訪れた際には足を伸ばして香焼町へ。そして、香焼山「円福寺」を訪ねてみてはいかがでしょうか。
以上、弘法大師にその地名も、ゆかりのある長崎市香焼町の「円福寺」の御紹介でした。

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/04/01 訪問

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