酒づくりに重要なのは“水”と“米”。中でも日本酒の80%以上は水で、水が欠かせません。東京都下には7つの酒蔵がありますが、このうち最も多い3つの酒蔵が青梅線沿線、多摩川沿いにあります(次に多いのは五日市線沿いで2つの酒蔵)。この理由はやはり水の良さなのです。
多摩川上流は綺麗な水で有名で、名水百選にも選ばれています。しかし酒づくりにかかせないのは飲用水とは違い、鉄分やマンガンなどの少ないきれいな水(中硬水)。これら酒蔵では、秩父古生層の岩盤から湧き出る“秩父奥多摩伏流水”や”上総層群・東久留米層下部層より汲み上げた地下天然水”(写真:石川酒造)をベースに日本酒造りがされています。これが旨い日本酒が東京で作れる最大の理由なのです。
それでは酒蔵をご紹介しましょう。
写真:松縄 正彦
地図を見る青梅線の福生駅から徒歩10分の所に“田村酒造”があります。ここは1822年創業の蔵元です。田村酒造の看板ブランドは“嘉泉(かせん)”。これは酒作りを始めるに当たり、敷地内の各所で井戸を掘り、酒作りに適した水を探し、ようやく“よきいずみ”を得た、という事にちなんだ名前です。この井戸水、現在も仕込み水として使用されていますが、井戸の側には樹齢1,000年とも言われるケヤキの大木が立っています。昔から言われているように”良き水は大木の下にある”のです。
また江戸時代創業という事で、雑蔵、水車小屋など古い建物が多く残されており、国の登録文化財に指定されたものが多くあります。蔵見学では、日本酒造りの主要工程、これら文化財や井戸、ケヤキの大木などを見る事ができます。
田村酒造の家訓は”丁寧に造って丁寧に売る”です。季節限定品ですが、手造りの「ふねしぼり無濾過原酒」もここ数年人気の高いお酒。また東京サミット(1986、1993)の晩餐会で出された「吟の舞」(純米大吟醸)も販売され、雑蔵には主要な商品が展示(写真)されています。
なお、田村酒造には田村家の家印である“かねじゅう”を冠した酒、「かねじゅう 田村」ブランドの純米吟醸酒(「吟ぎんが」、「吟ふう」、「山酒4号」)があります。これは雑蔵では展示されていませんが、”お米の違いによる味の違い”が楽しめるお酒群です。特別限定品で特約店のみの限定品ですが、面白い取り組みです。
写真:松縄 正彦
地図を見る小澤酒造は創業が1702年(元禄15年)、赤穂浪士が討ち入りをした年です。メインブランド名は“澤ノ井”ですが、これは創業した場所の地名”澤井村”にちなんだ名前です。ちなみに澤井は沢のきれいな水を意味し、小沢酒造では、“サワガニ”がシンボルマークになっています。日本酒の仕込み水の1つは、前記の秩父古生層からの伏流水ですが、最近は数キロ離れた山奥の井戸から湧き出る水(軟水)も使用しています。この井戸水は隣の”澤乃井園”で飲む事ができ、飲用としても美味しい水です。
この蔵の日本酒もバリエーションが多いのですが、どちらかというと旨みのある辛口タイプとでも表現できそうです。澤乃井園に”利き酒所”(写真)がありますので、有料ですが、これと思われるお酒を飲む事ができます。
酒蔵見学では主に絞り工程を見る事ができますが、瓶詰めされ何年も寝かせられたお酒がある事に驚かされます。これは一般には出回っていないビンテージ品、“蔵守”という熟成酒です。2015年10月現在、1997年、2000年、2009年に造られたというお酒が寝かせられていました。
これは日本酒の新しいジャンル、古酒の楽しみ方に繋がる取り組みです。ワインやウィスキーは熟成するほどに味が深まりますが、日本酒の場合、この熟成のイメージとは異なり、若干癖が出てくるようです。趣味人向けのお酒のようですが、日本酒は取り組むとまだまだ奥が深いお酒である事が良く分かります。なお、利き酒所にて”蔵守(1997年)”を試飲する事ができます(¥400)。メモ欄も参照して下さい。
利き酒所には「美酔物語」というミニ冊子が置かれています。日本酒にまつわる豆知識がまとめられた手軽な読み物ですが、小粒でも内容が深い読み物です。ぜひお手にとってお読みください。
写真:松縄 正彦
地図を見る石川酒造は青梅線、拝島駅から徒歩15分の場所にあります。幕末の1863年に酒造りを創業し、現在は「多摩自慢」の蔵元として有名です。
上総層群・東久留米層下部層より汲み上げた地下天然水(中硬水)を酒造りに使用しています(前掲写真)が、この水、中硬水でも若干、軟水に近い水のようで、飲用としてもおいしい水です。蔵元により仕込み水の味が若干違うのも面白いですね。また田村酒造と同じく、敷地内にはケヤキの大木が何本も茂っています。
石川酒造も手造りの酒造りを行っていますが、明治20年にビールを醸造した歴史をもち、平成10年に“地下天然水を100%使用”した地ビール「多摩の恵」を発売して再チャレンジしています。日本酒と同じ仕込み水を用いていますが、濾過も過熱処理もしていないこのビールの旨さは抜群です。東京の地ビールの実力にきっと圧倒されるはずです。
なお、明治にビール造りに用いた麦酒釜が敷地内に展示(写真)されていますが、これは現存の釜としては日本最古です。
石川酒造の敷地内にはレストランやビール小屋があり、思う存分、料理とお酒が楽しめます。ジャズを聴きながらお蕎麦と日本酒を楽しむことができるのも新感覚です。石川酒造は”お酒のテーマパーク”を目指した酒蔵です。
青梅線沿線の旨い酒蔵、いずれ劣らぬ実力者揃いです。酒蔵見学をすると各蔵の取り組み姿勢、また酒への思いが伝わってきます。各蔵の名前やブランドが水に関係しているのもその表れでしょう。
美しい多摩川を見ながら酒蔵を巡る旅、満足感に満たされるはずです。
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(2024/4/20更新)
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