辰野金吾の建物だった!資料で判明 大阪「あまみ温泉南天苑」

辰野金吾の建物だった!資料で判明 大阪「あまみ温泉南天苑」

更新日:2015/11/12 18:27

東郷 カオルのプロフィール写真 東郷 カオル 癒されたい系女子旅ライター、ラグジュアリーホテルライター
大阪の南河内に、東京駅や奈良ホテルを手掛けた建築家・辰野金吾の旅館があります。里山の一軒宿に過ぎなかったこの旅館、ある日戦前の資料が発見され辰野金吾の建物と判明。
もともとは大阪・堺の潮湯の別館だったものが移築され、戦時中の混乱の中「辰野金吾の建物」ということが口伝えのみになってしまい、しかも潮湯本館は戦時中に火災で焼失。
不思議な運命を辿ったあまみ温泉南天苑で、静かな一夜を過ごしてみませんか。

まさか本当に辰野金吾の建物とは…

まさか本当に辰野金吾の建物とは…

写真:東郷 カオル

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辰野金吾は東京駅や日本銀行本店など、明治大正期に近代日本を代表する西洋建築を数多く手掛けた人物。中でも奈良ホテルに代表される和風建築は大変珍しく、現存しているのは国内に三つだけ。

南天苑は大阪南部の無人駅そばにある旅館。この土地に慣れない旅人が夜に駅に降り立つとちょっと不安を感じるほどの静かな場所。駅から旅館までは2〜3分ですし、他に明るい建物はありませんので迷う心配はありません。

当初は南天苑が辰野金吾の設計だという証拠の資料がなく、口承で伝わるのみでした。沿線を走る南海電鉄の資料室から、堺にあった潮湯(今でいう日帰り温泉施設)の別館の移築だという戦前の証拠資料が見つかり、ようやく口承が事実であったことが裏付けられたのです。

辰野金吾の設計と判明した後、2003年には国の登録有形文化財に。今では辰野金吾ファンや建築マニア、日本の古い旅館に憧れる海外からの観光客で人気の旅館です。

数寄屋造りの建築

数寄屋造りの建築

写真:東郷 カオル

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南天苑は随所に詫び寂びの茶室建築が感じられる数寄屋風入母屋造りです。水廻りこそ改修され快適に使えるようになっていますが、その他は長い年月を感じることのできる昔ながらの旅館。赤い絨毯の階段を上ればぎしぎしとした音が歴史を感じさせます。

1階の囲炉裏の間には無造作に年代を感じさせる壺や花器などが置かれています。

時代を遡ったかのような館内

時代を遡ったかのような館内

写真:東郷 カオル

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館内は1階も2階も風情を通り越して時代を遡ったかのような印象ですが、フロントやロビーなどのパブリックスペースのない2階は特に不思議な雰囲気を醸し出しています。
一つだけ現代を感じるものがあるとするなら、近くを走る南海電車の踏切の音。それも比較的早い時間に終電を迎えると見られ、深夜は静まり返ります。

部屋の鍵はもちろんオートロックなんかではなく、鍵穴にシンプルな鍵を差し込むタイプ。あまりにもシンプルな鍵で外国からの観光客はさぞかし驚かれると思いますが、昔の日本は鍵をかける必要もないほど治安が良かったことを考えれば、これでもじゅうぶん過ぎると言えるでしょう。部屋の中から戸締りする際にも部屋の内側の鍵穴に鍵を差し込んで施錠します。

3,000坪の日本庭園

3,000坪の日本庭園

写真:東郷 カオル

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南天荘の建物の周りは3,000坪の素晴らしい日本庭園。瓢型の庭池では鳥が水を求めて羽を休め、四季折々の草木も私たちの目を楽しませてくれます。
昼の庭も素敵ですが、日が暮れるとまた違った表情に。庭から建物を眺めると、暖かい光を放った美しい数寄屋建築が浮かび上がり、一層趣のある旅館の姿が闇に映し出されます。

それぞれ個性的な客室

それぞれ個性的な客室

写真:東郷 カオル

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南天苑には1階と2階に13の客室があります。それぞれ趣や広さ、眺望が違い、再度訪れる宿泊客が多いというのも納得。

写真は2階角部屋の“登鯉”。床の間の意匠、面皮柱、竹細工の欄間など、どれをとっても素晴らしいしつらえですが、茶の湯の世界では“真行草”の“草”に位置する比較的くだけた部屋ですので、寛ぐのにはもってこい。桂離宮の市松模様にも似た襖も素敵です。

※真行草:茶の湯でよく用いられる言葉で、格式を表す

天見温泉

あまみ温泉南天苑は天然ラジウム泉の温泉。その歴史は南北朝時代まで遡ると言われています。お湯は長時間入っていられる適温でリラックス効果抜群。
辰野金吾の旅館に泊まり、温泉まで楽しめる。大阪近郊の贅沢極まりない隠れ宿です。

この記事の関連MEMO

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/11/06−2015/11/07 訪問

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