日本遺産認定!岐阜「信長公のおもてなし」が息づく戦国城下町

日本遺産認定!岐阜「信長公のおもてなし」が息づく戦国城下町

更新日:2015/11/13 10:17

平成27年4月24日、“「信長公のおもてなし」が息づく戦国城下町・岐阜”が日本遺産に認定されました。

岐阜城を拠点にし天下統一を目指した織田信長公は、長良川での鵜飼観覧、「地上の楽園」と称された山麓居館などを造成。冷徹なイメージを覆すような信長流のおもてなしをし、世界の賓客をも魅了しました。

信長が形作った城・町・川文化が、「信長公のおもてなしの心」とともに現在も岐阜の町に息づいています。

「地上の楽園」岐阜城での最高のおもてなし

「地上の楽園」岐阜城での最高のおもてなし
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岐阜城に入城した織田信長は、山麓では比類ない巨大庭園を持った迎賓館を造成。
更には軍事施設でもある城に客人を案内し、独創的なおもてなしをしました。
豪華な座敷では音楽を聴き、名物茶器を使ったお茶や美濃特産の食材を含んだ料理などをふるまいます。そして信長は自ら膳を運んだり、給仕を行ったというから驚きです。

この手厚いおもしなしに客人も大変喜び、その様子は国内のみならず手紙を通じて広くヨーロッパにも伝わりました。

金華山や長良川の美しい自然環境や眺望

金華山や長良川の美しい自然環境や眺望
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岐阜城から眺めることのできる、「長良川中流域における岐阜の文化的景観」も日本遺産の一つです。濃尾平野を一望する山上からの絶景は、昔も今も大きな見所です。
岐阜市街は平野で高い建物もないので、360度見渡すことができます。遠くは名古屋駅の高層ビルまで見えるほど、眺めを遮るものがありません。

信長は金華山や長良川の素晴らしい景観と、日本の伝統的なおもてなしを融合させました。

独特な白木格子が続く「川原町のまちなみ」

独特な白木格子が続く「川原町のまちなみ」
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信長は城下町を国内有数の都市へ発展させました。「戦国城下町」としての街の骨格は、現在に継承されています。

また城下町近くには鵜飼乗り場があります。

信長は鵜飼を接待の場として用い、「鵜匠」の名称を与え保護し、国内外の賓客を長良川での船による鵜飼鑑賞に招きました。信長は鵜飼を接待の場として用いていたので、同時に舟遊びも行いました。
鵜飼でとれる鮎は美濃の特産品で、鮎鮨が献上品として珍重され、その製造技術は現在も鵜匠家に伝えられています。

このような鵜飼文化は日本独自のもので、現代まで途切れることなく受け継がれているのは長良川の鵜飼のみです。

着物で戦国城下町歩きも楽しい

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昭和の時代のレトロで華やかなアンティークキモノを取り揃えた『ORGANキモノ』。
現代の着物にはほとんど見られない華やかな模様・色彩豊かな配色が特徴の、アンティーク着物を多く取り揃えています。

着付けとレンタルを行っているので、小粋に城下町をお散歩してみてはいかがでしょうか。

最後に

岐阜は信長自慢のおもてなし都市。
天才的で先見性のある信長が作り出した戦国時代の城・町、そして長良川の鵜飼文化は、岐阜城が城としての役割を終えた今も受け継がれ、息づいています。

日本遺産に認定されて、益々賑わいを増している岐阜。
戦国時代の信長のおもてなしに心馳せながら、是非訪れてみてください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2015/11/07 訪問

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