栃木県で最初の日本遺産「足利学校」学びの精神を今に伝える日本最古の学校史跡

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栃木県で最初の日本遺産「足利学校」学びの精神を今に伝える日本最古の学校史跡

栃木県で最初の日本遺産「足利学校」学びの精神を今に伝える日本最古の学校史跡

更新日:2016/06/24 11:08

大木 幹郎のプロフィール写真 大木 幹郎 巨木マニア、低山登山家、ブロガー

近世日本(戦国時代)。支配階層でない庶民も読み書き・算術ができ、礼儀作法を身につける高い教育水準を示していました。この事は日本を訪れた宣教師の記録にも残っています。当時の人々が高い教養を身につける上で貢献したのが学校の普及です。栃木県足利市の「足利学校」は日本最古の学校史跡で、2015年4月に日本遺産に認定されました。足利学校で現代へと受け継がれた学びの精神と歴史を体験しましょう。

足利学校の歴史

足利学校の歴史

写真:大木 幹郎

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足利市は栃木県の南西部に位置する長い歴史を持つ地域で、室町幕府を開くに至った足利氏の発祥地です。八代目の足利尊氏が室町幕府を開き、十五代続いた足利将軍の初代となりました。市内に多く残された文化財の代表的なものに足利学校があります。写真は足利学校の全景で、敷地は堀と土塁に囲まれています。

足利学校は日本最古の学校史跡で、室町時代から既に存在し、戦国時代の末期(16世紀頃)には学生数は三千人と栄えました。イエズス会宣教師のフランシスコザビエルは足利学校の事を「日本国中最も大にして最も有名な坂東の大学」と記録しています。学問は儒学を中心に医学や兵学も教え、江戸時代の中期まで栄え、足利や徳川など歴代の将軍や権力者に庇護され存続しました。明治維新後には廃校となってしまいますが、地元有志たちの活動により守られ、現在は足利市に管理され貴重な史跡が今に伝えられています。

足利学校の創建の時代は、はっきりしておらず、平安時代、奈良時代、鎌倉時代とも云われています。明確な記録が残されているのは、関東管領の上杉憲実が室町時代の永享11年(1439)に再興して以降です。創建の一説には、元々は奈良時代の国学(官人育成の地方教育機関)が元で、平安時代の初期(8世紀中頃)に公卿の小野篁が創建し、鎌倉時代の初期(12世紀末)に足利義兼が再興、または創建した、というものがあります。

足利学校が認定された日本遺産の内容

足利学校が認定された日本遺産の内容

写真:大木 幹郎

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日本遺産とは、平成27年度に作られた文化庁による制度で、文化財を観光資源とした地域の活性化を目的とし、その取り組みを支援するものです。足利学校が認定された日本遺産は、「近世日本の教育遺産群 −学ぶ心・礼節の本源−」というテーマのもので、足利学校だけでなく、類似する他3箇所の学校史跡(旧弘道館、旧閑谷学校、咸宜園跡)を含めたものとなっています。

日本では近世から、支配者層から多くの庶民まで、読み書きや算術から礼儀作法まで身に付ける高い教育水準を示していました。これには、藩校に郷学や私塾など、様々な階層を対象とした学校の普及が大きく影響しています。後に近代化の原動力となり、現代においても、学問・教育に力を入れ、礼節を重んじる日本人の国民性として受け継がれました。これらの貢献に大きく関わった学校であり、最も古いものが足利学校なのです。写真は足利学校のシンボルである「学校門」です。

以下、日本遺産に認定された足利学校以外の学校史跡です。

「旧弘道館」:所在が茨城県水戸市で、江戸時代後期に創建された水戸藩の藩校です。規模が大きく総合大学たる藩校の代表例とされます。

「旧閑谷学校」:所在が岡山県備前市で、江戸時代初期に創建された岡山藩の庶民向けの学校です。世界最古の庶民向けの公立学校とされ、江戸初期の建物と配置が現存しています。

「咸宜園跡」:所在が大分県日田市で、江戸時代後期に廣瀬淡窓が創設した最大規模の私塾です。日田市豆田町に私塾と共生した町並みが現存しています。

足利学校の見所「孔子廟」と日本遺産のテーマ「礼節の本源」

足利学校の見所「孔子廟」と日本遺産のテーマ「礼節の本源」

写真:大木 幹郎

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学校門から真正面、足利学校の敷地内の中央、杏壇門の奥に建っているのが孔子廟(聖廟)です。寛文八年(1668)に徳川家綱の創建によるもので、同年に創建された学校門とともに、足利学校に現存する古建築です。中国の明朝の時代の聖廟を模したとされ、国内に現存する聖廟では最古の威厳ある雰囲気の建物です。

孔子廟に祀られているのは、儒学(儒教)の祖である孔子です。孔子と弟子との語録が論語として有名ですね。足利学校で教えられていた学問では、儒学が中心で、他には、易学(物事の吉凶や変化を予測する占い)、兵学、医学が教えられていました。

儒学は孔子を祖とする思想・信仰の体系で、道徳的な君主の統治(徳治・文治主義、王道)による平和な社会を築くための、君臣が実践すべき、道徳、礼儀、政治哲学などで構成されています。儒学の教義に五常(仁・義・礼・智・信)という徳目があり、特に仁が重要とされています。足利学校をはじめとした儒学の普及は、武士道精神の育成や、日本人の道徳観や礼節を重んじる心に強い影響を与えていたのです。足利学校が教育遺産群の日本遺産のテーマ「礼節の本源」たる由縁です。

■仁:他人に対する思いやりの情、親愛の心
■義:利欲に囚われない正しい行いを守る、正義、使命
■礼:人を敬う作法、上下関係の規範
■智:正しい判断をする知恵、物事の道理を知る
■信:真実を告げる、偽らない、誠実、言行一致

足利学校の見所・復元された校舎

足利学校の見所・復元された校舎

写真:大木 幹郎

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足利学校で現存している建物は、学校門と孔子廟です。明治維新後に廃校となった後、敷地の東半分は撤去され、小学校に転用されていた時期がありました。しかし、平成2年に江戸時代中期に栄えた頃の様子が再現され、美しい庭園と立派な校舎を始めとする建物が復元されました。

写真は裏門の位置から見た校舎です。校舎は、方丈・庫裡・書院の3つの繋がった構造になっています。左が方丈、中央が玄関、右が庫裡です。この位置からは見えませんが、庫裡の奥に書院が続き、玄関の奥には中庭があります。校舎の内部を見学する際は、庫裡の土間から入ります。

方丈は、学生の講義や学習に様々な行事で使われた教室のような大きな建物で、畳の座敷が約43畳(4間に区切れる)あり、仏殿の間と、尊牌の間(徳川歴代将軍の位牌が安置)があります。庫裡は、カマドのある土間に板敷きの台所、畳敷きの4部屋に、奥に湯殿があり、庠主(しょうしゅ・校長)や学生の日常生活の場でした。畳敷きの4部屋は、書籍や学校に縁のものが展示されています。庫裡から奥に続く書院は庠主の書斎で、8畳2間の造りです。中庭の縁側や、書院の縁側から見る北庭園が美しく、奥には孔子廟の姿も見えます。

足利学校での学校生活と日本遺産のテーマ「学ぶ心の本源」

足利学校での学校生活と日本遺産のテーマ「学ぶ心の本源」

写真:大木 幹郎

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写真は校舎の中庭(玄関の奥)の縁側から見た北庭園です。奥に孔子廟が見えます。室町時代に上杉憲実が足利学校を再興して以来、学校長は、庠主(しょうしゅ)と呼ばれ、歴代の庠主は臨済宗の学問に秀でた高僧が務めてきました。初代の庠主は上杉憲実が推挙した快元で、廃校となる明治期の最後の庠主が二十三代目の謙堂でした。

入学する学生は殆どが僧侶で、僧侶以外の俗人の学生には僧籍を取らせました(本山で授戒し法名を授かり、卒業後に還俗)。学費は無料で、学校側が学生に食事と宿舎を提供していた記録があります。現在は敷地の東側には学生の宿舎である衆寮が復元されています。敷地内に宿舎ができる以前は、学生達は近隣の民家に寄宿していました。学校内の敷地には、学生達が自活するための菜園や薬草園を作られていたことがあり、この菜園は現在も再現されています(大根など育てられている)。

学校で教えた学問は、儒学が中心で易学(物事の吉凶や変化を占う)が重視され、他に兵学と医学も扱われました。学習方法は、学校で大量に所蔵する貴重な儒学の経典などの漢籍を教本とした自学自習が基本でした。書院では庠主から個人指導を受けることもあったそうです。在学期間や卒業などに条件はなく、学生は自身の都合で納得するまで学びました。中には10年以上も果敢に学び続けた学生も居たと足利学校の記録にあります。庠主と殆どの学生が僧侶でしたが、学問から仏教は切り離され、学生の僧侶の宗派も問わず、広く九州や琉球からも学生が集いました。自由な校風の元に自学自習の姿勢は、現代の学校に通じるものがあります。足利学校が教育遺産群の日本遺産のテーマ「学ぶ心の本源」たる由縁です。

室町時代から戦国時代の武将は易学を重視し、足利学校の卒業生を参謀や軍師、または侍医として重用したという記録が残されています。中には卒業後に庠主となった学生も複数いました。有名な卒業生を3名ほど挙げます。医師の曲直瀬道三は、足利将軍・足利義輝の侍医となり、後に毛利元就、織田信長を診療しています。三要(9代目庠主)と天界は、徳川家康の側近として幕政に関与しました。

足利学校の日本遺産たる由縁

以上、日本遺産に認定された足利学校のご紹介でした。足利学校の日本遺産たる由縁は、整備され快適に見学できる貴重で興味深い史跡と、長い歴史と日本最古の学校が果たしてきた役割、現代に受け継がれた日本人の心と教育文化です。

室町時代から戦国時代まで続いた激しい戦乱の中で、足利学校は学問と儒教の中心地として在り続け、日本人の道徳と礼節を重んじる心の育成に関わりました。各地から集った学生達は、自由な校風の元、自身が納得するまで学び続けたといいます。自学自習の精神で学び続ける事の大切さは、現代の学校教育の原点。日本最古の学校史跡である足利学校の精神は、現在に引き継がれているのです。児童・生徒・学生の方も、卒業生の方も、学校のルーツたる足利学校への参観は如何でしょうか。

なお、周辺の見所として、観光では鑁阿寺(ばんなじ)と、ハイキングでは行道山がお勧めです。詳細は関連MEMOのリンクをご参照ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/11/05 訪問

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