アパルトヘイトの記憶を残す場所。ケープタウン沖のロベン島

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アパルトヘイトの記憶を残す場所。ケープタウン沖のロベン島

アパルトヘイトの記憶を残す場所。ケープタウン沖のロベン島

更新日:2015/11/16 14:18

南アフリカで1994年まで行われていたアパルトヘイト。日本語では人種隔離政策といいます。白人と黒人が生活の隅々にまで分け隔たれ、居住区が違ったり、さらにはベンチや公園やトイレまで白人専用、黒人専用のものができました。
ケープタウンの沖合14kmに浮かぶロベン島は、アパルトヘイトの記憶を残す、負の世界遺産です。島へは市内からツアーが出ています。今回は、そんな島の様子を見てみましょう。

島全体の施設を回るバスツアー

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アパルトヘイト時代、ロベン島は政治犯の収容施設でした。ここにいたのは黒人、アジア人で、白人は本土の刑務所に収容。この事実からもアパルトヘイトを感じることができます。収容施設であったため、島内には様々な施設がありました。まずそれらをバスで回っていきます。バスにはガイドが同行していて説明を聞くことができます。このガイドも、以前こちらで収容されていた人です。

中には学校や教会、この島で亡くなった人のお墓もあります。当時島の中では政治犯も労働をさせられていました。例えば、島には採石場があります。採られた石は、島の建物の建設などに使われました。混血と黒人の間で、与えられた道具にも差がありました。

島を取り囲む、脱獄不可能な速い海流

島を取り囲む、脱獄不可能な速い海流
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バスの途中、島の端にある売店で休憩ができます。そこからはケープタウンの街やテーブルマウンテンが眺められ、人気のフォト・ポイント。

海を見渡すと、非常に海流が速いことに気付きます。この島は、脱獄が困難として17世紀から刑務所として使われていました。1836年から1931年までは、ハンセン病患者の隔離施設。そして1959年以降は、政治犯の強制収容所となっています。1996年に収容所は閉鎖され、そこから現在までは島全体が博物館として使われています。

ネルソン・マンデラ元大統領も18年間収容されていた牢獄。

ネルソン・マンデラ元大統領も18年間収容されていた牢獄。
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島内の収容所もガイドが案内してくれます。こちらのガイドもここに収容されていた人。重要な政治犯の牢獄には収容されていた人の顔写真、メッセージがあります。中には、あのネルソン・マンデラ元大統領がいたという牢獄も。

ロベン島へはフェリーで行くことができる。

ロベン島へはフェリーで行くことができる。
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ケープタウンのベイエリアは、ウォーターフロントといいます。こちらの時計塔の側にある桟橋からフェリーが出ており、ロベン島には20分くらいで到着。ロベン島ツアーは人気で、事前予約をしておかないと人数が埋まってしまい参加できないことが多いです。ツアー予約はWebticketのサイトから可能。ツアー料金にはフェリーも含まれています。乗り場でeチケットを見せれば乗ることができます。(ツアーは2時間程度)
なお、ガイドは全て英語。事前にアパルトヘイト周辺について予習していくことをお勧めします。

まとめとして

あのマンデラ元大統領も収容されていたロベン島。アパルトヘイトの傷跡を残す人気ツアーです。ケープタウンに訪れた際には是非!

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掲載内容は執筆時点のものです。 2015/09/30 訪問

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