高知・安芸「弘田龍太郎の曲碑」巡り!作曲家の歴史も辿る

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高知・安芸「弘田龍太郎の曲碑」巡り!作曲家の歴史も辿る

高知・安芸「弘田龍太郎の曲碑」巡り!作曲家の歴史も辿る

更新日:2018/03/26 15:04

KISHI Satoruのプロフィール写真 KISHI Satoru 岬の狩人、伝記研究者、旅するパンクス

土佐または高知と言えば坂本龍馬や海援隊を思い浮かべるかもしれませんが、一本の絃が木製の胴に張られた楽器、一絃琴(いちげんきん)が幕末以降、盛んな土地柄でもあります。一弦琴の名手を母に持ち高知県安芸市に生まれ多くの童謡を手掛けた作曲家・弘田龍太郎。安芸市では“童謡の里”として、「弘田龍太郎の曲碑」が旧跡や名所に点在しています。弘田龍太郎やその作品と共に非常に珍しくユニークな曲碑を御紹介致します。

ようこそ!童謡の里・安芸へ

ようこそ!童謡の里・安芸へ

写真:KISHI Satoru

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高知県安芸市には“ごめん・なはり線”の愛称で親しまれる土佐くろしお鉄道・阿佐線の安芸駅があります。駅を出ると左手側には、安芸市の案内図、そして作曲家・弘田龍太郎(ひろた りゅうたろう、1892年〜1952年)と曲碑の紹介へと続いていきます。

弘田龍太郎は1892年(明治25年)、高知県安芸郡土居村(現在の安芸市土居)生まれの作曲家で、相馬御風、北原白秋等と一緒に数々の童謡を手掛け大正・昭和期に亘って活躍し、その作品は現在でも歌われています。

安芸駅・ぢばさん市場では無料のレンタサイクルが完備されているので、「弘田龍太郎の曲碑」や安芸周辺の観光スポット巡り等に活用してみて下さい。

弘田龍太郎と安芸駅前広場「靴が鳴る」

弘田龍太郎と安芸駅前広場「靴が鳴る」

写真:KISHI Satoru

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弘田龍太郎は1892年(明治25年)に現在の高知県安芸市土居に生まれます。父は教育者で明治初期に高知県議会議長を務めた弘田正郎。母は総野(房野)で、約1メートルの細長い板に一本の絃を張った楽器・一絃琴(いちげんきん)の名手でした。

弘田龍太郎は後に父の転任に伴い千葉、三重と移り、1910年(明治43年)に東京音楽大学(現在の東京芸術大学)器楽部ピアノ科に入学。卒業後には邦楽の伝統の基に洋楽の要素を取り入れる「新日本音楽運動」などに参加、ドイツに留学しベルリン大学でさらに作曲やピアノの研究、帰国後には音楽指導や幼児教育など幅広く活躍していきます。

安芸駅前広場には“お〜てぇてぇ〜♪つ〜ないでぇ〜♪”と始まる「靴が鳴る」(作詞・清水かつら/作曲・弘田龍太郎)の曲碑が建てられています。タイトル、作詞者、作曲者を知らなくても、一度は耳にしたことがあるはずの名曲です。

江ノ川上公園「金魚のひるね」

江ノ川上公園「金魚のひるね」

写真:KISHI Satoru

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安芸駅から西側にある安芸郵便局の前は、江ノ川上公園となっています。国道55号線・土佐東街道側の入口に、「金魚のひるね」(作詞・鹿島鳴秋/作曲・弘田龍太郎)の曲碑が建てられています。左隣には音声案内のボタンが設置されているので押してみましょう。「金魚のひるね」の流麗なメロディーが軽やかに響き始めます。

因みに江ノ川上公園には、安芸市が多くの書家を輩出した土地柄でもある事から大きな書碑が並べて建立されています。“童謡の里”だけではなく“書道の里”でもある安芸を合わせて楽しんでみて下さい。

岩崎弥太郎生家前「春よ来い」

岩崎弥太郎生家前「春よ来い」

写真:KISHI Satoru

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江ノ川上公園を川沿いに北上していくと“三菱グループ創業者”岩崎弥太郎生家に辿り着きます。広い駐車場が完備されているので、車の利用者も安心の人気の観光スポットです。
岩崎弥太郎生家の前には、休憩スペースとして御手洗と東屋が設置されており、草木で綺麗に整った一角に薄桃色の桜の意匠が鮮やかな「春よ来い」(作詞・相馬御風/作曲・弘田龍太郎)の曲碑が建てられています。

「春よ来い」というタイトルと同様の歌詞から始まるこの童謡は、春が待ち遠しいと感じる冬の季節が時間軸としての基点となっていますが、その柔らかで暖か味のある曲調が春の息吹を感じさせる作曲家・弘田龍太郎の魅力が溢れています。

※ 下部関連MEMOには「岩崎弥太郎生家」についての記事へのリンクもありますので宜しければ御確認下さい。

溝ノ辺公園「鯉のぼり」

溝ノ辺公園「鯉のぼり」

写真:KISHI Satoru

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安芸市立の「書道美術館」と「歴史民俗資料館」が隣接する安芸城跡から南へ約400メートルのところに位置する溝ノ辺公園には“甍(いらか)の波と〜♪雲の波〜♪”と始まる「鯉のぼり」(作詞・不詳/作曲・弘田龍太郎)の曲碑が建てられています。タイトル通りにデザインされていて曲調と共に力強さを感じます。

因みに「鯉のぼり」は1913年(大正2年)に作られた童謡ですが、1931年(昭和6年)に発表された“やねよ〜り♪た〜か〜い♪”で始まる「こいのぼり」(作詞・近藤宮子/作曲・不詳)とは異なりますので御注意下さい。

こちらにも東屋、御手洗、駐車場と完備されていますし、直ぐ近くには1887年(明治20年)頃に、この土地の地主であった畠中源馬が分銅も歯車も全て手作りで仕上げた大時計「野良時計」もあります。

高知県安芸市生まれの作曲家「弘田龍太郎の曲碑」のまとめ

上述の他に、「浜千鳥」、「咲いた桜に」、「お山のお猿」、「雨」、「雀の学校」の曲碑が安芸市の旧跡や名所に建てられていますので、そちらも合わせて巡ってみて下さい。

弘田龍太郎の母・総野(房野)が名手であった一絃琴。高知では幕末に門田宇平(かどた うへい)が京都で学んだ演奏技術を持ち帰り、教授した事から一絃琴が盛んになります。1969年(昭和44年)には、高知県無形民俗文化財に指定され、その演奏技術保持団体として、正曲一絃琴白鷺会が認定されているほど。

そのような高知の土地柄も作曲家・弘田龍太郎を産んだ一つの要素なのでしょう。“童謡の里”高知県安芸市にて「弘田龍太郎の曲碑」巡りをその風土と共に楽しんでみて下さい。

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/08/03 訪問

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