スペイン・グラナダのシンボル ザクロの本当の意味とは?カトリック両王が見た夢

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スペイン・グラナダのシンボル ザクロの本当の意味とは?カトリック両王が見た夢

スペイン・グラナダのシンボル ザクロの本当の意味とは?カトリック両王が見た夢

更新日:2018/07/27 14:20

高橋 樂のプロフィール写真 高橋 樂 旅行ブロガー

長い間、イスラム王朝の支配下にあったスペイン・グラナダを、キリスト教国のカトリック両王は、レコンキスタの旗の下に奪い返しました。
イスラムの珠玉の置き土産、アルハンブラ宮殿の悲劇・陰の歴史は、世界の人を惹きつけてやみません。今回は、その反対の光の部分、勝利者となったキリスト教国側に焦点を当て、歴史的役割や影響を読み解きながら、名所旧跡をご紹介。シンボル・柘榴(ザクロ)の意味にも迫ります。

イザベル女王の偉大な功績を称えた「イサベル・ ラ・カトリカ広場」

イザベル女王の偉大な功績を称えた「イサベル・ ラ・カトリカ広場」

写真:高橋 樂

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元々、イベリア半島はキリスト教徒のものでしたが、8世紀アフリカから来たイスラム教徒により、多くの領土を奪われていきます。そこで、11世紀、キリスト教徒が反撃に立ち上がりレコンキスタ(国土回復運動)が活発になりました。

その後、徐々にイスラムは駆逐され、イスラム王朝の最後の砦となったグラナダ王国も、1492年ついに、イザベルとフェルナンド率いるキリスト教国に陥落します。こうしてイベリア半島のイスラム支配が終わりました。

歴史を大転換させたのは、カスティーリャ王国のイザベル女王と、アラゴン王国のフェルナンド王の連合王国。彼らは夫婦であり、スペインの共同統治者でした。二人の功績は、当時絶大な権力を誇ったローマ教皇に大偉業と讃えられ、彼らは「カトリック両王」という称号を授けられました。

歴史は勝者のものですから、ここグラナダには、彼らに縁の深い場所が沢山あります。ヌエバ広場から大通をカテドラル(グラナダ大聖堂)の方に歩いて数分のところにあるのが「イサベル・ ラ・カトリカ広場(Plaza Isabel la Catolica)」もその一つ。女王の偉大な功績を称えた記念広場です。

ここの銅像の人物は、イザベル女王とコロンブス。1492年、グラナダ陥落直後、ここグラナダで行われた新大陸航海決断の場面だそうです。

圧巻の宝物は必見!カトリック両王が眠る王室礼拝堂

圧巻の宝物は必見!カトリック両王が眠る王室礼拝堂

写真:高橋 樂

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グラナダを掌中に収めたカトリック両王は、宗教統一、中央集権化、外交政策に力を入れます。
このグラナダを、こよなく愛したイザベル女王は、この地を自分の墓所と定めました。それがカテドラル(グラナダ大聖堂)の隣ある王室礼拝堂(Capilla Real)です。豪華彫刻が施された石棺の中で、夫のフェルナンドと並んで眠っています。その隣は、悲劇の娘夫婦(精神を病んだ娘フアナと夭折した神聖ローマ皇帝の子・フェリペ)の墓所です。

イザベルとフェルナンドの結婚は、当然ながら政略結婚でした。イザベルの母国は、当時イベリア半島の中心で最大のカスティーリャ王国。結婚に際し優位の契約がなされ、夫のアラゴン王国は、実質上吸収される形となったようです。(ただし、議会は別々にあった模様)。しかし、イザベルはフェルナンドをとても信頼し、戦いに奔走する夫を陰ながらよく支え、グラナダ陥落までのある期間は、願掛けのため、下着を変えなかったという逸話も残っています。

この礼拝堂は、カテドラルよりも古く、歴史的・美術的にも価値も高く、ボッティチェリやメムリンク等の有名画家の作品や、イザベル女王の収集品も多数収められています。

カトリック両王の功績を表した「グラナダ陥落」と「ムーア人の改宗」を物語る祭壇も見どころです。
それにしても、祭壇を、王とはいえ個人の生々しい戦績や政策の功績を称える彫刻で飾り、権力を誇示している様子は、現代の感覚では少々違和感がありますね。でも当時は政教一致の時代。宗教も最大限利用するのが権力者の常識だったのでしょう。

※内部の写真撮影は禁止です。

グラナダのシンボル、柘榴(ザクロ)の意味

グラナダのシンボル、柘榴(ザクロ)の意味

写真:高橋 樂

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グラナダのシンボルは柘榴(ザクロ)。看板や石畳、街灯、車止め等、至る所にザクロ模様が描かれています。

殻がものすごく固い柘榴は、一説によると、なかなか陥落しなかったグラナダ王国を表しているのだそうです。それがパックリ口をあけているのは、「鉄壁のグラナダ王国を、カトリック両王率いるキリスト教国がようやくこじ開けた」という意味があるのだとか。

カトリック両王によるグラナダ陥落は、スペインが、小国の時代から強大な大国家にまとまっていく転換点となりました。また、他国と姻戚関係を結ぶことで、ヨーロッパを広範囲に治めるハプスブルク家にも組み込まれ、ハプスブルク帝国の繁栄にも大きく関わっていくことになります。彼らの娘フアナとハプスブルク家出身の夫・フェリペの子はカルロスI世としてスペイン王位を継承し、後に神聖ローマ皇帝にも選出されることになります。

町のあちこちにある柘榴を見ると、グラナダ陥落が、キリスト教徒にとって、いかに歴史的大転換であり、偉業であったかがわかります。
同時に、「歴史は勝者のもの」という世の道理を、つくづく感じさせられます。

王室礼拝堂の隣のカテドラルも必見!

王室礼拝堂の隣のカテドラルも必見!

写真:高橋 樂

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王室礼拝堂のすぐ隣にあるのが、カテドラル(グラナダ大聖堂・Catedral de Granada)。ゴシックの建造物に、ルネッサンスの装飾を施した、プラテレスコ様式の建物です。礼拝堂より少し後に建設が始まりました。ステンドグラスや黄金の主祭壇は見事ですが、パイプオルガンも圧巻です。

こちらの巨大荘厳なパイプオルガンは、礼拝席の左右両側に向かい合って設置されています。教会は天井が高く、残響がすばらしいため、音色は神々しく礼拝者の体の芯まで響かせてくれます。荘厳な音に身を委ねていると、まるで神の国に導れたかのようです。

スペインのパイプオルガンは、垂直のパイプのほかに、水平につきでている「水平トランペット」がついているのが特徴で、音色も雰囲気も、より一層豊かなものにしてくれる効果があります。

演奏は不定期で、特別行事の際に演奏されます。その日に行けた方は超ラッキー!

グラナダの石畳にあちこち残る黄色いシミは何?

グラナダの石畳にあちこち残る黄色いシミは何?

写真:高橋 樂

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グラナダの町の石畳を見ながら歩いていると、所々写真のような黄色いシミがついています。これ、なんだと思います?

え?犬のウ○○?
ま、まさか…、酔っ払いのアレ!?

やっぱりそう見えてしまいますよね〜。
でもこれ、実は、キリスト教の祭の時のキャンドルの滴の跡なんです。祭の日は行列があったり、町全体を飾ったり盛大にお祝いします。そしの名残はすぐには消えずに、しばらく町のあちこちに残るのだとか。

歴史に浸っていると、これがキリスト教徒のマーキングに見えなくもないのが不思議です。

まとめ

イスラムの珠玉の置き土産、アルハンブラ宮殿が今尚、旅人を魅了して止まないのは、「イスラム朝の悲劇」、歴史の陰の部分があるからこそ。

現在のグラナダは、歴史の光と影が入り交じり、ある時は影が光となり、光は影となり…。
とはいえ、光はあくまで光であり、陰はあくまで陰であり…。

グラナダは、「“勝利”とは一体何なのか」と、哲学的思索にも耽りたくなるような町でもありますよ。

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/04/19 訪問

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