【ログイン後、ご利用いただける機能】
PCからのLINEログイン方法
ログインにはLINEアカウントが必要です。
また以下の手順でLINEアプリのログイン許可をオンにしてください。
写真:村井 マヤ
地図を見る観音山は、標高472.3m、生口島はもとより、芸予諸島でも最高峰を誇る山です。
頂上からは愛媛県の伯方島や大島などの島々や、遠く四国山地まで大パノラマを一望できます。
別名「火瀧山」とも呼ばれ、その昔この山で狼煙を上げていたことに由来します。車で登山口まで行けますので、生口島を存分に楽しむなら、途中まで車で行かれるのもよろしいかと♪
登山口から山頂まで往復で約1時間くらいの行程です。観音山の観音堂からは、素晴らしい絶景(写真)をご覧になれますよ。
また、途中ミカン畑も広がっていて季節によってはミカンの香しい花の香りや、オレンジ色のミカンもご覧になれるでしょう。
写真:村井 マヤ
地図を見る観音山と呼ばれるようになったのには、この観音山に観音堂があるからで、その観音堂の建物の下の岩山の壁面には、お地蔵様が安置されています。この山から見守っているかのようですね。お地蔵様をご覧になるときは、足元に注意して!観音堂からの眺めも注意しながら、楽しんでくださいね。
観音山からの瀬戸内海の眺めは最高に美しいですよ。途中、少々険しい道もありますが、ぜひ美しい絶景のために観音山登山にトライしてみましょう。
*登山に関しましては、観光協会などに問い合わせて山の状況など確認してからにしてください。服装や靴などにも留意してください。
写真:村井 マヤ
地図を見る仙容山・光明坊は、天平2(730)年聖武天皇の勅願によって、行基菩薩が開基創建したと伝わっています。
後白河法皇より「光明三昧院」の勅額を賜っている由緒あるお寺です。
実はこのお寺は、真言宗のお寺なのですが、お寺の入口付近に「法然上人御旧跡」とあり、あれ?って思われる方もおられるかと。これはあくまでも伝説で、史実とは異なっているとご住職のお話。法然上人が承元元(1207)年の「建永(承元)の法難」によって、土佐への流罪が決定されたことは歴史的事実です。ただし、法然が流罪され讃岐国(香川県)の各所に滞在してる途中で、赦免の命が下ったので、実際、法然上人が土佐まで行ったことはないのです。でも、法然上人が流罪地まで立ち寄ったと思われる瀬戸内海の沿岸部には、法然上人の伝説が残っており、これは地域伝承の1つと捉えても面白いでしょう。それだけ、この事件はセンセーショナルであり、法然上人の人気があったことも伺えます。
光明坊には、それと同じように後白河法皇の皇女・「知念尼公」や松虫姫・鈴虫姫の伝承など興味深い伝説があります。史実ではないのですが、これは1つの地域の伝説や物語として受け止められたら夢があって楽しいですよ。
写真:村井 マヤ
地図を見る光明坊のみどころは、国指定重要文化財「十三重石塔婆」や同じく国重文の御本尊である「阿弥陀如来」(宝物館に所蔵)や、県の天然記念物の「イブキビャクシン」などです。その他にも「五輪石塔婆四基」も石造物としてご覧になってください。よく見ると、面白い発見があります。「阿弥陀如来」像に関しましては、通常はご覧になれない場合もあります。もしご覧になりたい場合は、お寺に問い合わせをしてみてください。お寺の連絡先は下記MEMOをご覧くださいね。
ちなみに光明坊と後白河法皇との関係は、生口島が後白河法皇の持仏堂である「長講堂」に寄進された荘園群の1つだったということに要因がありそうです。生口島が長講堂領の一部だったことが、後白河法皇皇女の伝承を生んだのかも知れません。根も葉もない伝承ではなく、なんらかの関連性もあるのでしょう。その証拠というわけではありませんが、宝物館には関連性を伺わせる宝物も保管されています。
魅惑的な伝説に彩られた美しいお寺に立ち寄られて、歴史的に重要な場所だった生口島の魅力を体感されても良いかと♪
生口島の魅力は、瀬戸田町の商店街や平山郁夫美術館、瀬戸田サンセットビーチ、「島ごと美術館」と呼ばれるように島全体に広がるアート作品など様々。とにかく島全体が魅力的なのです。そんな島で、アクティブな登山、歴史と伝説に彩られた古刹巡りなど、今回ご紹介した名所を巡れば、アクティブな山歩きからしっとり古刹巡りまで、生口島の多彩な魅力を堪能できる旅になるはずです!
- PR -
このスポットに行きたい!と思ったらLINEトラベルjpでまとめて検索!
条件を指定して検索
1月16日(土)にアクセスが多かったガイド記事
- PR -