天守閣だけが城じゃない!静岡県「山中城」ワッフルみたいな城って?!

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天守閣だけが城じゃない!静岡県「山中城」ワッフルみたいな城って?!

天守閣だけが城じゃない!静岡県「山中城」ワッフルみたいな城って?!

更新日:2015/12/17 16:20

いなもと かおりのプロフィール写真 いなもと かおり 城マニア、観光ライター

「城」のイメージと言えば、大きな天守閣が建ち最上階ではお殿様が町を見下ろしている姿を想像するでしょうか? 2000年以上続く日本史の中で、城も姿・形を変えながら歴史という荒波を乗り越えてきました。天守閣だけが「城」だと思っていた方は驚くかもしれませんが、ワッフルに似たお城が存在するのをご存知ですか?美しい富士山を眺めることができる静岡県三島市「山中城」の魅力をご紹介します。

ワッフルを持って山中城へ

ワッフルを持って山中城へ

写真:いなもと かおり

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山中城は、JR三島駅から箱根方向にバスで30分ほど向かった標高540〜580メートルにある山城です。

永禄年間(1558〜70)に北条氏康によって、本拠地である小田原を守るために築城されました。想像するような いわゆる「天守閣」の存在はなく、「櫓」としての役割を担っていた「天守櫓台跡」が残されています。
天正18(1590)年の豊臣秀吉による小田原攻めで、圧倒的な数の敵軍に囲まれ落城してしまいましたが、北条氏の築城術を駆使した立派な名城です。

国の史跡に指定され、公益財団法人日本城郭協会が選定する「日本100名城」にも選ばれました。市によって戦国の姿そのままに公園に整備された巡りやすい城跡です。
気になるのは、やはりワッフルですよね。写真は「西の丸櫓台」から撮影したソレですが、本物のワッフルと比べてみても驚くほど似ている!でも油断は禁物ですよ〜罠が仕掛けられた“無敵の遺構”なのです。

ワッフルの正体は特殊な「お堀」だった?!

ワッフルの正体は特殊な「お堀」だった?!

写真:いなもと かおり

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ワッフルの正体は「障子堀」という空堀です。
北条氏が築いた城の特徴のひとつがこの障子堀。他にも伊豆半島の下田城、神奈川の河村城、埼玉の岩槻城など複数の城で確認されています。

障子堀は、空堀内に入り込んだ敵兵に自由に移動されないように「仕切り(畝)」を設けたものです。仕切りは兵士の身長よりも高く、なかなかよじ登ることができません。そのため弓矢や鉄砲の的が絞りやすくなります。また、なんとかよじ登れたとしても幅のない仕切りの上を歩くことは格好のターゲットともなるのです。実際に目にすると、巨大な障子堀に…唖然。堀の中に落ちたら最後、上から降ってくる弓矢や鉄砲を想像したら恐怖でしかありません!(ブルブル…)

二重以上が「障子堀」。一方、写真のように一重(一列)の空堀は「畝堀」といいます。

岱崎(だいさき)出丸のスケールが大きすぎる

岱崎(だいさき)出丸のスケールが大きすぎる

写真:いなもと かおり

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秀吉の小田原攻めの対策として、増築された「岱崎出丸」。増築の割には大きすぎる広さの曲輪(城を構成する区画)に驚きます。岱崎出丸の「一の堀」は全長約150メートルに及び70度ほどの傾斜を設けた「畝堀」が続きます。平衡感覚が狂って転んでしまいそうですね。

一の堀の西側すぐ下には「旧東海道」が通っていたため、こちら側から敵兵が侵入してくることを想定して畝堀を設けたのです。城は、武士達が命をかけて戦った場所だからこそ、歩きにくいし、転ぶし、迷子になるのです。細かい定義はないものの、戦に勝つためにそして生きるために複数の罠を仕掛けた防衛拠点を「城」と呼ぶのです。

出丸・御馬場曲輪 北側の「堀」

出丸・御馬場曲輪 北側の「堀」

写真:いなもと かおり

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幅2メートル、底から曲輪までの高さ9メートル、50〜60度の傾斜が設けられた巨大な空堀です!一見、仕切りがないように見えますが、こちらからも畝が検出されました。高さ2メートル、仕切り(畝)の幅は0.6メートル。堀を遮るように堀の方向に直角に造りだし、関東ローム層を台形に掘り残して造られたものです。

遺構を見る際に忘れないでいただきたいのは、当時は重機など無く人の手によって土を掘り・盛って城が築かれているということです。

絶対に侵入は許さない!城の中心にも備える罠

絶対に侵入は許さない!城の中心にも備える罠

写真:いなもと かおり

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これまでに紹介してきた4枚の障子堀・畝堀は、城の外側面にあり、敵兵が城内へ侵入するのを防ぐために設けられたものがほとんどです。ですが、実は城の中心部分にも畝堀が存在します。仲間の兵同士が集う城内にも空掘があるのはなぜでしょうか?

写真は、城の中心区画である「本丸」と「(二の丸の)北条丸」の間にある畝堀です。例え二の丸が敵兵に占拠されてしまっても、二の丸を切り捨て本丸だけで戦おうとしていたことが窺えます。城内にも設けられた複数の罠(土塁・空堀など)からは、城内のどこかが敵に乗っ取られてしまっても残る曲輪で最後まで諦めず戦おうとしていた姿勢が読み取れます。

山中城を歩いて、時空を超えた約400年前の武士達の心がほんの少し読み取れた気がしました。

ワッフルを持参して山中城へ!

天守閣は「シンボル」又は「最終防衛拠点」としての役を担っていますが、城というパズルのワンピースにしか過ぎず、一番大きく輝いているため目立っているのです。櫓も、門も、堀も、土塁(土が盛ってある防御壁)も全てが城というパズルのワンピースなのです。今回ご紹介したのは山中城の「障子堀」「畝堀」です。山中城には他にも多くの遺構が残されています。ワッフルは敵兵を攻撃するには抜群の威力を放つ罠のひとつでした。是非、あなたの目で山中城を巡ってみてください。

掲載内容は執筆時点のものです。 −2015/11/10 訪問

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