荘厳さで圧倒!アヤソフィアの鑑賞ポイント5選 イスタンブールで外せない世界遺産の歴史を探る

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荘厳さで圧倒!アヤソフィアの鑑賞ポイント5選 イスタンブールで外せない世界遺産の歴史を探る

荘厳さで圧倒!アヤソフィアの鑑賞ポイント5選 イスタンブールで外せない世界遺産の歴史を探る

更新日:2015/12/25 14:44

万葉 りえのプロフィール写真 万葉 りえ アマチュア写真家

「聖なる叡知」と名付けられた大聖堂アヤソフィアは、イスタンブールの旅では外せない世界遺産です。
聖堂内の空間へ一歩入るとその大きさと荘厳さに圧倒されますが、反対に、崇高すぎて何をどのように見たらいいのか迷ってしまう方も少なくないようです。
教会だった時代のモザイク画がいくつも残り、その後モスクとしての歴史も重ねたアヤソフィア。その中で、わかりやすく印象に残る見所をご紹介していきましょう。

目の前に広がる、キリスト教とイスラム教の芸術

目の前に広がる、キリスト教とイスラム教の芸術

写真:万葉 りえ

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現在建っているアヤソフィアは537年にビザンティン(東ローマ)帝国のユスティニアヌス帝が建立したもので、じつは三代目になります。

ビザンティン帝国を守っていた城壁が1453年5月にオスマントルコ軍に破られた時も、この帝国に残っていた人々はアヤソフィアをはじめとする教会で奇跡が起こるのをひたすら祈っていたといいます。
陥落後、トルコ軍による3日間の大略奪で、コンスタンティノープル(のちのイスタンブール)はすっかり荒廃してしまいました。

オスマントルコのメフメット2世がすぐに行ったのが、荒廃したこの街をムスリム(イスラム教徒)の住みやすい町にすることでした。
アヤソフィアは、急きょ教会からモスク(トルコ語でジャーミー)へと改造されます。絵を漆喰(しっくい)で塗りつぶすなど、キリスト教を思わせるものが消されていきました。

時は流れ、1923年にトルコ共和国が誕生します。政教分離をかかげ近代化をはかったトルコの指導者(アタテュルク)は、今度はアヤソフィアをモスクから博物館へと変身させます。
漆喰がはがされ、ビザンティン時代の絵画を再び見ることができるようになったのです。

そんな歴史を重ねてきたので、大聖堂の正面の上方では、偶像崇拝を認めた時代に描かれたキリスト教の聖母子像と、偶像崇拝を禁じているイスラム教の円盤がともにみられる光景を作っています。

比類なき、広大な空間

比類なき、広大な空間

写真:万葉 りえ

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建物全体の大きさでいえば、アヤソフィアに匹敵する大きさを持つものは世界中にいくつもあるでしょう。しかし、近代建築以前で、これほどまとまった広大な空間を持つ建物は、なかなか見つからないのでは。

中央にある大ドームは高さが56m、円の直径は約30mもあります。重量を軽くするために、ロードス島で特別に焼かせた軽いレンガを使っているといいます。
しかし、そんな数字よりも、はるか上のほうに浮かぶ巨大なドームが放つ存在感と、それが1500年も前に作られたということに言葉をなくしてしまいます。

正面に向かって左右には側廊があり、透かし彫りの飾りを持った大理石の柱が並びます。その柱と大理石の壁の上で、大ドームと半ドームが天井をおおいます。その見事なバランスをご覧くださいね。

ドームを支える(?)天使達

ドームを支える(?)天使達

写真:万葉 りえ

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簡単にたとえるなら、アヤソフィアは四角い箱の上に半球体の屋根が乗る形をしています。

大ドームの下の四方は、曲線を描きながら下の垂直な壁へとつながります。そこに描かれているのは天使ゼラフィム。
正面の上部にある聖母子像のモザイク画はアヤソフィアでは最古の9世紀の作ですが、天使ゼラフィムは14世紀になって描かれています。

ゼラフィムの翼は2枚ではなく6枚あります。聖母子像を守っているのかもしれませんが、見方によっては6枚の翼の力で巨大なドームを四隅から支えているようにも見えませんか。

スルタンをつけ狙う暗殺者

スルタンをつけ狙う暗殺者

写真:万葉 りえ

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聖母子像のモザイク画がある建物の東部分は、アプシスとよばれていて外に向けて半円形につき出ています。このアプシスを囲む部分が、かつて聖域として宗教上最も重要だった場所です。

もともとキリスト教の教会だったものをモスクへと変更したため、メッカの方向を示すミフラーブは正面から少しずれています。
その右にある階段状のものは、ミンバルとよばれるイスラム教の説教壇。大理石製で素晴らしい金の装飾がされています。

そして、左側の少し高い位置にあるのが、16世紀に作られたスルタンのための特別席。スルタンを敬う設備ではなく、じつは暗殺者を近づけさせないためのものなのです。モスクの中でさえ暗殺の危険が付きまとっていたのです。ここのレース状の装飾も素晴らしいのでぜひ見てくださいね。

しなやかに、したたかに生きた皇女

しなやかに、したたかに生きた皇女

写真:万葉 りえ

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アヤソフィアの堂内の壁面にはたくさんのモザイク画が描かれ、漆喰の下から出された今も、金地がきらめき当時の美しさを残しています。
この、キリストと皇帝・ゾイ夫妻の絵画は二階のギャラリーにあります。

息子がいないため娘の夫を次期皇帝にしたいという父(コンスタンティノス8世)の希望で、初めて結婚(1028年)したのはゾイが50歳の時でした。60歳を過ぎた夫(のちのロマノス3世)とは初めから冷めた仲だったようです。

そんなゾイに、宦官イオアニスがミカエルという美青年を紹介します。そして、恋に落ちてしまったゾイ!
ロマノス3世は暗殺され、ゾイは若い愛人と再婚し、新しい夫をミカエル4世として即位させたのです。

しかし、病弱なミカエル4世が暴動の鎮圧に行き瀕死の状態で帰ってくると、宦官イオアニスはまたもや策略を始めます。修道院に幽閉されるなどその後もゾイの人生は乱高下。
モザイク画に描かれている皇帝はゾイの三番目の夫コンスタンティノス9世です。ゾイは64歳で老年の貴族との再再婚を決断したのでした。

このモザイク画は、夫が変わるごとに皇帝の顔が作り直されています。
そして、ゾイは60代だというのにかわいらしく描かれています。ゾイが若さを保てたのは、いくつになっても恋を忘れなかったというのもあるのでしょうが、陰謀渦巻く宮廷で生きていくしなやかさを持っていたことも大きいのかもしれません。70代を越していてもゾイの顔にはしわがなかったという当時の記述が残っているんです。

おわりに

かつて、キリスト教にもキリストなどを描いてはならないという考えがあり、創建時のアヤソフィアにも絵画はなかったようです。その後描かれ残されたモザイク画は、現代の貴重な遺産になっています。

アヤソフィアは、じっくりと鑑賞すれば時間がいくらあっても足りない名所です。ぜひポイントを押さえて、素晴らしい空間を体感してきてください。

オスマン朝のスルタンについては、下記MEMO「権力と孤独を抱きしめて〜イスタンブール・トプカプ宮殿のハレムに生きた女達」を参考にどうぞ。

掲載内容は執筆時点のものです。

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