「小田原城址公園」復元された広大な城郭に天守閣が聳える戦国最大級の城跡

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「小田原城址公園」復元された広大な城郭に天守閣が聳える戦国最大級の城跡

「小田原城址公園」復元された広大な城郭に天守閣が聳える戦国最大級の城跡

更新日:2016/01/15 11:08

大木 幹郎のプロフィール写真 大木 幹郎 巨木マニア、低山登山家、ブロガー

神奈川県の南西部に位置する小田原市は、南に相模湾、西に箱根山、北に関東の水源たる丹沢山系に囲まれた風光明媚な場所で、戦国時代には北条氏の拠点の城下町として栄えた歴史ある街です。小田原市のシンボルたる観光名所、戦国最大級の規模を誇った小田原城の遺構と
再現された天守閣のある「小田原城址公園」から5つの見所をご紹介します。

「銅門」二の丸を守る堅牢な虎口

「銅門」二の丸を守る堅牢な虎口

写真:大木 幹郎

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相模湾に近い市街中心部に小田原城址公園はあり、建物や幹線道路の区画に当時の城下町の面影が残っています。小田原城址公園は、本丸と二の丸の一部であった場所で、多くの遺構が整備・復元されています。石垣で囲まれた堀、曲輪の入口を守る城門、美しい天守閣などが復元され見事なものです。城址公園から見所の一部を5つに絞ってご紹介します。

1つ目の見所が、「銅門(あかがねもん)」です。二の丸への正門にあたる重要な虎口(曲輪の出入口を守る砦のようなもの)です。住吉橋で堀を渡って内仕切門を通り、塀で周囲を囲まれた枡形の区画に入れば、正面には立派な渡櫓門(わたりやぐらもん)が堂々と構えています。門扉には銅板が使われているので、銅門と呼ばれるようになったそうです。

以下は、小田原城の歴史の概略ですのでご参考ください。

【小田原城の歴史】
小田原城は、明応4年(1495)以降に北条早雲が大森氏から奪取して以後、北条氏の関東支配の拠点となり大規改修され、上杉謙信や武田信玄の侵攻に耐えた名城です。しかし、天正18年(1590)に豊臣秀吉が率いる10万以上の大軍による「小田原攻め」で遂に開城しました。このときの城郭が最大規模で、中核は本丸を囲む二の丸と三の丸の総堀、更にその外側の城下町を囲む土塁と空堀の総構掘の全長は9キロメートルにも達し、日本最大級の城郭を誇りました。後に徳川家の大久保氏の居城を経て、明治3年(1870)に廃城、昭和2年(1927)に地元自治体に払い下げ、昭和13年(1938)に国指定史跡となりました。

「小田原城跡のイヌマキ」二の丸に残る古木

「小田原城跡のイヌマキ」二の丸に残る古木

写真:大木 幹郎

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城址公園内には大木が多いですが、もっとも風格を感じさせるのが2つ目の見所「小田原城跡のイヌマキ」です。二の丸の中央にある歴史見聞館(資料館)の西側に立っていて、幹周約4.5m、樹高約20mある犬槇の大木です。幹は白っぽい色で左側に捩れて伸び上がり、地上約5mの位置で枝が四方に分散しています。このイヌマキから溢れる貫禄と風格は、城址公園の大木の中で最もたるものと思っています。

他に城址公園で見応えある名前のある大木を3本ご紹介します。

■御感のフジ
公園の南入口(藤棚交差点・御茶壺橋の横)にある藤棚の主、推定樹齢200年

■小田原城跡のビャクシン
銅門の先に立つ柏槇の大木、幹周約3.1m、樹高約15m

■小田原城跡の巨マツ
本丸の常盤木門の先に立つ黒松、幹周約5.3m、樹高約30m、推定樹齢400年

「常盤木門」本丸の正面を守る堅牢な虎口

「常盤木門」本丸の正面を守る堅牢な虎口

写真:大木 幹郎

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登城ルート上で最も堅牢な虎口、それが本丸の正面に位置する「常盤木門(ときわぎもん)」が3つ目の見所です。通路は渡櫓門と多聞櫓(たもんやぐら)の高い土塀と石垣に囲まれています。多聞櫓は城壁の上に長屋のように続く櫓で、常盤木門の多聞櫓は武器などの貯蔵庫として使われていました。高く立派な城壁の門囲いに囲まれて緊張感すら感じる場所です。

常盤木門の多聞櫓の一部は、「小田原城情報館」の施設となっており、ここでは、武器や甲冑や着物など往事を再現した装束を着付けすることができます。足軽、武将、姫、忍者の格好に変身して、本丸を歩き回れば注目の的ですよ!

「天守閣」再現された美しき小田原市のシンボル

「天守閣」再現された美しき小田原市のシンボル

写真:大木 幹郎

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4つ目の見所は城址公園と小田原市のシンボルでもある再現された小田原城の天守閣です。3重4階の天守櫓で1階に繋がった渡櫓が入口となっています(入城は有料)。昭和35年に、江戸期の模型や設計図を元に外観が再現された堂々たるものです。

内部の各階には、往事の刀剣・甲冑・銃器などの武具類、絵図・文書などの美術品、武家が使った生活道具などが展示されています。天守閣4階の最上階(標高約60m)には、高欄付きの廻縁が設置され、小田原市街や相模湾をはじめとした、360度周囲の景色を一望できる好展望地です。

「天守閣からの展望」 海と山の360度の展望

「天守閣からの展望」 海と山の360度の展望

写真:大木 幹郎

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5つ目の見所は天守閣の最上階に造られた廻縁からの展望です。南に広がる太平洋の大海原へ続く相模湾、西に箱根の山とその奥に富士山、北に関東の水源たる丹沢山系の深山、東に湾岸に繋がる江ノ島と、更に奥に東京湾と隔てる三浦半島。展望を遮る物が近くにない、360度の海と山の織り成す眺望を楽しめる場所です。城址公園にはじめて訪れたなら確実に登っておきたい所です。

写真は西側の景色の一部で、相模湾岸から奥に見える半島は、静岡県との境界付近にある真鶴半島です。訪問時は雨天の直前の曇り空のため、遠望は利きませんでしたが、快晴の日であれば、千葉県の房総半島や、富士山や丹沢の山々の姿を見ることができます。

おわりに

以上、小田原城址公園の5つの見所でした。広い公園内を登城ルート通りに、馬出門(未紹介)〜銅門〜常盤木門〜天守閣と巡り、途中で大木や堀などの遺構を見物して寄り道すれば、1時間半以上は楽しむことができるでしょう。公園内には、再現された遺構の他に、子供向けの遊具のある「こども遊園地」、往事を再現した資料のある「小田原城歴史見聞館」、武将やお姫様の衣装が着れる「小田原城情報館」などの観光施設もあります。また、西に約3kmほど先の石垣山には豊臣秀吉が小田原城攻め(天正18年・1590)に築いた石垣山城の跡が、石垣山一夜城公園として整備されていますので、こちらのお立ち寄りもお勧めします。

小田原城址公園の天守閣や園内施設の開館状況や料金、そして周辺の観光については、関連MEMOの「小田原市・公式サイト」の観光情報をご参照ください。美しい天守閣を中心に広がる小田原城址公園、大人から子どもまで楽しめる史跡です。

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/06/23 訪問

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