春日局の祈願も成就!金王八幡宮は渋谷随一のパワースポット

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春日局の祈願も成就!金王八幡宮は渋谷随一のパワースポット

春日局の祈願も成就!金王八幡宮は渋谷随一のパワースポット

更新日:2016/01/15 13:37

Isao Noguchiのプロフィール写真 Isao Noguchi 著述業、観光検定教材製作者、ブロガー

3代将軍徳川家光の乳母、春日局も参拝を欠かさなかったという金王八幡宮。近年、渋谷のパワースポットとして密かに注目を集めてます。元々、渋谷周辺は「逆パワースポット」として敬遠されがちでしたが、高台に位置する水源豊かなこの地区は「気」の流れが一転することで悪運を払ってくれると評判です。由緒ある境内は喧騒の街中にあってオアシス的な存在であり、厳粛な雰囲気を感じながら、新たなパワーの源を授かりましょう!

東照宮に引けを取らない建築美。随所に施された彫刻は超一級

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写真:Isao Noguchi

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ライトアップされた本堂で目を奪われるのが、暗闇から浮かび上がる彫刻の数々です。今にも本堂から飛び出してきそうな迫力に息を呑んでしまいます。本尊を中心として左右に虎と龍が彫られており、日光東照宮の「三猿」を連想させる色彩と木彫は、徳川家ゆかりの神社であることを考えると納得できます。

金王八幡宮は1602年に平安時代末期の武将、河崎基家が創建したと伝えられています。その孫、渋谷重国が武蔵(今の神奈川県)を拝領しますが、跡継ぎに恵まれなかったため当神社に祈願したところ渋谷金王丸常光を授かりました。八幡宮の「金王」の名は常光に由来し、金王丸自身も源頼朝から重宝され、名声を世にとどろかせました。

江戸時代には3代将軍の跡目争いのなか、竹千代(コ川家光)の教育役の青山伯耆守忠俊と乳母の春日局が将軍就任を八幡宮に祈願し、その願いが成就したことから、大神のご加護があったからこそと、現在の社殿及び神門を寄進しました。

平安末期は豪族の居城だった!「渋谷」の由来と地域の変遷

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写真:Isao Noguchi

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渋谷城は現在の「渋谷3丁目」一帯、金王八幡宮の境内もその敷地内でした。地形上、渋谷駅から東側は高台になっていますが、その高台の中にあって、八幡宮周辺は更に一段高くなっています。これはパワースポットとして「気」が集まってくる重要なポイントでもあり、当時から築城条件に適していたことがよく分かります。 

城の遺構は影も形もありませんが、源義家からこの地を拝領した後、戦国時代までの渋谷城の変遷はよく知られていません。1524年に江戸城(徳川氏が築城したものではない)が北条氏に奪われた際、渋谷氏も落ち延びたと云われています。

「渋谷」という名は堀河天皇より賜った姓であり、きっかけは源義家の上洛の際に従っていた河崎重家が警護を任されていたことに端を発します。あるとき、内裏に賊徒が切り込んできたのですが、誰一人名乗りを挙げる者がいないなか、重家は一人果敢に立ち向かって、賊徒一人を生け捕りにします。その賊徒の名を問いただしたところ、「我こそは相模国の住人、渋谷権介盛国なり」と名乗ったことから、褒美としてそれ以降「渋谷」という性を名乗ることになったのです。

こうして、重家は、谷盛七郷(渋谷、代々木、赤坂、飯倉、麻布、一ツ木、今井)を領分として、渋谷八幡宮を中心に城を構えます。これが、「渋谷」という地名の由来とされているのです。

算額の奉納は絵馬に!江戸時代から続くアカデミックな風習

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写真:Isao Noguchi

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金王八幡宮には3面の算額が現存していて、容易に観覧することができます。算額とは数学の問題が書かれた絵馬のことで、江戸時代になってから神社仏閣に奉納されるようになりました。美しい図形を扱った問題が多く、ほとんどが彩色されています。

冲方丁の時代小説「天地明察」のモデルとなった神社が金王八幡宮であり、当時、その題材の珍しさからも非常に話題となりました。「天地明察」は江戸時代の天文学者、渋沢春海の改暦事業を題材にした小説です。主人公は神社の算額を通じ、和算家である「関孝和」を知ることになり、八幡宮は重要な場面として描かれています。これを機に算額に興味をもった多くの読者が神社に参詣するようになりました。

神社には今から約150年前に奉納された算額が飾られています。保存状態が良好で、色彩と共に問題内容も十分読み取れる美しい算額です。難易度は高校レベルであり、和算数学に関心を持った方にとっては面白い問題であるといえるでしょう。

ドラマのロケ地としても有名!今も氏神様は住民の心の拠り所

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写真:Isao Noguchi

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金王八幡宮周辺は数々のドラマのロケ地としても有名です。おそらく、神社の近くを通りかかれば、ドラマ好きの方なら「この景色どこかで見た記憶がある!」と必ず思うはずです。特に宮下公園を基点に三竹公園・金王八幡宮・並木橋へのルートはこれまで多くのロケ地として使用されてきました。

また、近隣のオフィスで働くサラリーマンにとってはお昼のランチスポットとしても穴場であり、過ごしやすい季節は境内で食事をする姿も多く見られます。

青山・渋谷地区の氏神様として現在も多くの人々から崇敬を集めており、交通安全・子授け、出世などのご利益があるとされています。神社の夏祭りでは近年、有名シンガーのライブ、町内カラオケ大会やフラダンスを行うなど、地域に密着している点も都会にあるとは思えない人情味溢れる神社です。

夜は開放感がさらにアップ!金王桜を観るなら日中がお薦め!

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写真:Isao Noguchi

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八幡宮の境内は実際の大きさよりも開放感があり、広く感じます。ビル群の裏にあって、木々に囲まれ、清涼な風が吹き抜けるというだけで、都会に居ること忘れてしまいそうです。二鳥居から一直線に延びる参道は常に拝殿が視界に入り、照明が煌々と灯る夜は昼よりも威厳に満ちた空気が漂います。

本殿までの参道の両脇にはいくつものベンチが設置されており、これも神社では珍しい光景です。境内を囲むようにして、神楽殿・御嶽神社・玉造稲荷神社が建っており、拝殿以外は灯りがないので、各社をじっくり拝観したい方は日中に訪れたほうが良いでしょう。

また、日中に訪れるならば「金王桜」は必見です。この桜については、いくつもの伝承が存在しますが、「金王神社社記」によると、源義朝に仕えた渋谷金王丸の忠義心を偲んで、子の頼朝が金王丸の名を後世に残そうと、鎌倉からこの地に移植したものと伝えられています。江戸時代には多くの本に紹介され、「郊外三名木」のひとつとして、代々植え継がれてきた系譜の樹種と考えられています。

歴史があるからこそパワーが宿る。移り変わる神社の多様性

金王八幡宮は都内でも代表的な江戸時代の建築様式を現在に残しています。近代以降、渋谷周辺の開発が進められるなかで、900年以上今の地に留まっているということは、いかに歴史の中で重要な意味を持っていたのかを推察できます。

現在はパワースポットとして注目を浴びていますが、八幡宮は地域のなかで様々な「顔」を持っており、政治・文化・宗教とその時々で違った存在意義を我々に与えてくれます。

慌しい1日を終えたあと、此処に立ち寄って空を見上げるだけで、時間の流れが少しだけゆっくりと感じられるのは、錯覚なのではありません。なぜなら、既に八幡様から明日へのエネルギーをもらっているからなのです。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2016/01/08 訪問

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