那覇・首里城界隈 古道巡りで琉球の文化と暮らしに触れる

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那覇・首里城界隈 古道巡りで琉球の文化と暮らしに触れる

那覇・首里城界隈 古道巡りで琉球の文化と暮らしに触れる

更新日:2016/01/26 16:18

那覇の観光は国際通りや牧志の公設市場、首里城の見学で1日あれば十分と思っていませんか。古都・首里から四方に延びる古道や石畳の坂をゆっくりと歩いて、あなたの知らない琉球ならではのディープな文化と暮らしに触れてみませんか。
那覇の街が新鮮に感じられると思います。

深い森に包まれた石畳の古道「ヒジガービラ」

深い森に包まれた石畳の古道「ヒジガービラ」
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16〜17世紀に整備された古い幹線道路の一つである「ヒジガービラ」は「首里城」と「識名園(識名之御殿/しちなぬうどぅん)」とを結ぶ古道で、戦災による破壊を免れた石畳の坂道が奇跡的に残っています。

首里崎山町の南端、金城ダム通りの中程に「ヒジガービラ」の案内板があり、階段を登るとすぐにジャングルのような森と石畳の古道に入ります。
琉球石灰岩による石畳と石垣や土留めの石積みの古道は、曲線を描いた100mほどの区間のみ。坂の勾配はきつく、スニーカー等でないと滑る危険があるのでご注意を。

坂の中腹左側には、名前の由来となったヒジガーという湧き水と拝所の案内がありますが、崖下にあるヒジガーへの道は急斜面の細道。ハブが出る可能性もあるため、見に行くことはお控えください。

石畳の坂を登りきると巨大な亀甲墓(かーみなくーばか)が。そこから先は住宅地内のアスファルト道となり、石畳が部分的にタイルのように敷かれ、「首里城」まで断続的に繋がっています。

「ヒジガービラ」には金城川(かなぐしがーら)に架けられた沖縄県指定有形文化財の「ヒジ川橋」や「雨乞御嶽(あまごいうたき)」、「御茶屋御殿(おちゃやうどぅん)跡」といった史跡もたくさんあります。

赤瓦の古民家が建ち並ぶ風情ある坂道「金城町石畳道」

赤瓦の古民家が建ち並ぶ風情ある坂道「金城町石畳道」
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金城ダム通りに戻り、800mほど西に進むと「金城町石畳道」の案内が見えてきます。
こちらも「首里城」から国場川の「真玉橋」に至る長さ4kmの真珠道(まだまみち)と呼ばれる古い幹線道路の一部で、16世紀に建造が始まりました。

戦災により真珠道の大半は破壊されましたが、金城町の全長300m×幅4mの区間に「首里金城町石畳道(沖縄県指定史跡・日本の道100選)」として残っています。
石を多面体に削って積みあげる琉球独持の手法である相方積みで敷設され、赤瓦の古民家が建ち並ぶ坂道は、とても風情があります。

ちなみに「首里城」の南側から下る坂道は「島添坂(しましーびら)」といい、さらに下の道路(赤マルソウ通り)から南に下りる石畳の坂道が「金城町石畳道」ですのでお間違いなく。

「首里金城町石畳道」の途中には暮らしの拠点となる井戸と川や拝所も数多くあります。歩き疲れたら「金城村屋(かなぐしくむらやー)」という町の休憩所もありますから、路地も含めてゆっくりと見て回ることをお勧めします。

水道がひかれる以前、共同井戸として利用されていた「金城大樋川」

水道がひかれる以前、共同井戸として利用されていた「金城大樋川」
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島の人々が命を長らえるために必須のものは飲み水です。そのため、那覇に限らず島内のあちらこちらには水を分け合うための川や井戸、泉が整備されています。

「金城大樋川(きんじょううふひーじゃー)」もその一つで、水道がひかれる以前まで金城町民の共同井戸として使われていました。「金城町石畳道」の中間にある「金城村屋(かなぐしくむらやー)」という集会所兼休息所の西側奥にこの「金城大樋川」はあり、石敷の広場(かーぬなー)と井戸神さまが祀られています。

琉球で石畳と石塀が用いられていたのは、貴重な雨水を井戸や泉に流して飲み水とするため。石畳の下には瓦れきや砂利を敷いた特別な土床を設けられており、濾過された雨水がそれぞれの村井(むらがー)に集まるように工夫されていたのです。

この石畳は人々の生活に不可欠な水を確保するための史跡であり、はるか昔から自然の力を利用していた知恵と工夫に驚かされます。

アカギの大樹を神として崇拝する格式高い「内金城御嶽」

アカギの大樹を神として崇拝する格式高い「内金城御嶽」
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「金城町石畳道」の西側にある「内金城御嶽(うちかなぐすくのうたき)」は、樹齢200年以上の大きなアカギの木々が林立している神聖な空間で、年に一度、神が降りると信じられています。大樹や大きな岩などを、神や神の依代として信仰する考えは琉球に限らず、内地や中国にもあり、興味深いもの。

「内金城御嶽」の起源は12世紀以前に遡り、王国の高級女神官の一人である真壁大阿母志良礼(まかんうふあもしられ)が管轄していたと「琉球国由来記」に記されている由緒ある御嶽です。

神名は東側の大嶽が「かねい御いべ」または「もじよるきよの大神」、西側の小嶽が「いべつかさ御せじ」と伝わっており、拝所には3個の石がたてられ、琉球独特の信仰形式を備えた御嶽といえます。

また、旧暦の12月8日に月桃(さんにん)の葉に包んで蒸した餅(ムーチー)を軒下などに下げ、邪気を払う鬼餅伝説に基づく行事が有名。

尚氏王家の御殿や上級士族の屋敷と首里城を結ぶ宿道の坂「アダニガービラ」

尚氏王家の御殿や上級士族の屋敷と首里城を結ぶ宿道の坂「アダニガービラ」
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首里城の北に位置する地域は「西之平等(にしぬひら)」と呼ばれ、このあたりには王家の御殿や上級士族の屋敷が建ち並んでいました。

「守礼の門」から「弁財天堂」、「龍潭池」北東の小道を通って儀保十字路方面へ抜け、尚氏王家の御殿とを結ぶ古い幹線道路の途中にアダニガービラ(安谷川坂)という坂があります。
「安谷川」と「龍潭池」との中間にある「安谷川御嶽(あだにがーうたき)」は、高級女神官の一人である首里大阿母志良礼(すいうふあむしられ)が管轄していたと「琉球国由来記」に記されている由緒ある御嶽です。

御嶽の左側には神石(写真)が祀られており、拝所の奥には鍾乳洞があり、そもそもはこの鍾乳洞を神聖視していたと考えられています。

アダニガービラは「安谷川御嶽」から「安谷川」に至る坂道。前述の「ヒジガービラ」や「金城町石畳道」と比べれば風情の点ではやや劣るものの、名前の由来となった「安谷川」という古い井戸や石橋、「中城御殿(なかぐすくうどぅん)跡」、琉球王府御用達の「玉那覇味噌醤油」など見所も沢山。

ガイドブックにも載っていない穴場と言えます。

みなさまにお願い

今回紹介した古道と坂の近くには駐車場が少なくレンタカーを留めておけるスペースはないと言っても過言ではありません。のんびりと街歩きを楽しむ意味からもモノレールやバスなどを利用して、訪問されることをお勧めいたします。

古道は人がすれ違える程度の道幅で、一般の方々が生活されています。迷惑をおかけしないようマナーを守って静かに散策ください。御嶽や拝所、井戸は神聖で大切な場所です。失礼のないように配慮し、ご見学(参拝)ください。
また、参拝されている方がいらっしゃる場合は祈りの邪魔にならないようにお願いいたします。

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/12/24 訪問

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