「おんめさま」って何?安産祈願で有名な鎌倉大巧寺の変遷

「おんめさま」って何?安産祈願で有名な鎌倉大巧寺の変遷

更新日:2016/03/03 18:27

安産祈願で有名な大巧寺は通称「おんめさま」の愛称で親しまれています。名の由来は妊婦を指すお産女(おうぶめ)が語源であり、県外からも多くの女性が足を運びます。また、源頼朝夫妻と縁の深い寺院で、境内には夫妻にまつわる伝承が残されています。実際に寺院の付近を散策してみると、思いがけない建立当時の史跡や街の全体像が浮かびあがってきます。800年を有する寺院の歴史から新しい鎌倉の魅力を探してみてください。

妊婦を見守り続ける産女霊神。悲しき逸話の末に祀られた歴史

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大巧寺(だいぎょうじ)は鎌倉駅バスターミナルを出て交差点を渡った場所にあります。若宮大路に面した立派な山門は表口かと思いきや、実はこちらが裏門。時代の流れと共に鶴岡八幡宮を中心にした区画整備が進められ、裏門側が目立つ存在になってしまいました。

神奈川県内で、安産祈願の寺院の筆頭格といってよいほど認知度も高く、通称「おんめさま」の愛称で親しまれています。その由縁は、かつて住職であった日棟上人が妊産婦の霊を鎮魂して「産女霊神」として祀ったことが始まりとされています。「お産女さま(おうぶめさま)」という言葉が人から人へ口頭で伝わっていく中で「おんめさま」に変わっていったようです。

安産祈願の他にも、「子授け御守」「虫封じ御札」などのお守りの授与も行っています。注意しておきたいのは、戌の日や大安の休日、特に午前中から昼過ぎにかけての時間帯は混み合うことが多いので、待たされる覚悟はしておいたほうが良いかもしれません。

将軍家も安産祈願!その信仰は武家から一般庶民へと広がった

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かつて大巧寺は真言宗の寺院として鎌倉十二所(金沢街道の奥まったところ)にある梶原家の屋敷内にあったそうです。その後、お産で苦しむ女性を守護するために「産女霊神」を本尊として祀ったのが始まりといわれています。

現在の寺院の名の由来は、源頼朝があるとき「大行寺」で評定した作戦が大勝に結びついたことから、「評定が巧くいった」ということで、「大巧寺」という名称に改められ、現在の地に移されました。また、これを機に真言宗から日蓮宗に改宗しており、寺院は武士から大衆の信仰対象へと変わり始めていきます。

江戸時代に入ると、安産祈願所として幕府から手厚い保護を受けます。徳川幕府にとって跡継ぎ問題は体制を維持していくための最重要課題でした。その効果もあって、江戸からたくさんの人が「おんめさま」に安産祈願に訪れたそうです。

四季折々の花が咲き誇る境内。頼朝夫妻が愛でた境内の美

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観光スポットとしても人気の高い大巧寺は、境内に咲く四季折々の花々も見どころのひとつです。境内の道は少し幅が狭く、混み合っている時などは譲り合わないと窮屈に感じるかもしれません。その細い道も、頼朝が妻・北条政子の安産を願って造らせた道だと言われています。そう想って歩いてみると、また違った趣きがあります。

細長く延びた境内は常に整備されており、一年を通じて花が絶えることがありません。寒さの厳しい季節にはツバキの花が、冬から春にかけては梅などの様々な品種の花が楽しめます。鎌倉の寺院がアジサイ一色に染まるころ、大巧寺では「ウズアジサイ」という品種のアジサイが鮮やかに咲き誇ります。

また、花々だけではなく、本堂付近に植えられた松も大振りで立派です。松を背景に咲く花の色彩コントラストは、庭園の景観を一層引き立たせ、同時に重厚感のある雰囲気を演出しています。

やけに立派な造りの裏門。寂れた表門が物語る当時の街並み

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大巧寺へのアクセスは若宮大路からも小町大路からも可能なのですが、小町大路から入る場合、その目印がよく分かりません。本来、正門だったはずの場所にはひっそりと石塔が建っているだけで、若宮大路と比較すると比較的静かな所に存在しているのです。

しかし、鎌倉時代の頃はこの小町大路の方がむしろ目抜き通りとして栄えており、賑わっていました。大巧寺の本堂(本尊)も、この小町大路の方角を正面にして建っており、参道の面影として石塔から一直線に道が続いています。今は民家などがあり、当時を偲ぶものは数少ないのですが、この小町大路を中心に改めて地図を見てみると、鎌倉駅付近に点在する寺院がなぜ、大通りより一本小町大路側の場所にあるのかが理解できます。

若宮大路は、由比ヶ浜から鶴岡八幡宮向けて、ほぼ南北に真っ直ぐに延びています。小町大路もその若宮大路に並行しているのですが、そのまま北に進んでいくと、やがて「祇園山ハイキングコース」に繋がっていきます。これは鎌倉時代の政務が行われていた場所と深い関係があり、各寺院とともに政所(政治を執り行う場所)へ向かうにも小町大路は重要な幹線道であったということを示しています。

そうした鎌倉の変遷を辿っていくことで、誰も歩いていないような脇道が実は重要な役目を担っていたりするなど、散策を楽しむうえで好奇心をより掻き立ててくれます。何気なく立っているその場所がひょっとしたら、まだ誰も知れない史実を秘めているかもしれないのです。

妊婦の間でささやかな楽しみとなっている、ある「慣習」とは

大巧寺で安産祈願するならば、妊婦の方はお守りを頂いた際にご自身の生年月日や住所、出産予定日などを記帳するとよいでしょう。出産予定日まで住職が毎朝、本堂で妊婦の安産祈願をしてくれます。

また、「おんめさま」の安産お守りは、生まれてくる赤ちゃんの性別がわかる、当たると有名です。お守りの中に入っている小さな妙符が金魚に見えたら女の子、兜に見えたら男の子なのだそうです。

この慣習は占いとしての要素は持っておらず、あくまでも妊婦さんにとって、安産祈願時の楽しみのひとつとして、受け継がれています。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2016/01/27−2016/01/28 訪問

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