四川省成都観光で必見の詩聖「杜甫」が暮らした杜甫草堂

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四川省成都観光で必見の詩聖「杜甫」が暮らした杜甫草堂

四川省成都観光で必見の詩聖「杜甫」が暮らした杜甫草堂

更新日:2018/07/16 17:21

大里 康正のプロフィール写真 大里 康正 旅する写真家、タイに詳しい旅作家

四川省成都市にある杜甫草堂は杜甫が暮らし場所にあり、緑豊かな美しい景観を持っています。

「国破れて山河在り」の名文で日本でも知られる杜甫は、盛唐の詩人であり、中国でその名を知らない人はいないであろうという有名人です。詩仙の李白に対し、詩聖の杜甫は号を少陵野老とし生涯に数多くの詩を残しました。

成都市民が訪れる公園ともなっており、ゆっくりとした時間が流れる歴史ある場所を散策しましょう。

「杜甫草堂」とは

「杜甫草堂」とは

写真:大里 康正

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杜甫(先天元年(712年)−大暦5年(770年))は、西暦760年、この地にやってきて、4年間を過ごします。770年にこの世を去っていますので、晩年の場所と言えます。1200年を越える昔の出来事です。

755年から約9年間続いた安禄山の乱は、唐の節度使・安禄山と、部下の史思明とその一族による大規模反乱であり、杜甫は官職を辞し、家族を連れて戦火を逃れるため成都にやってきます。この地で親友の厳武の助けを借りながら「杜甫草堂」を建てるのです。

緑豊かな公園

緑豊かな公園

写真:大里 康正

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「杜甫草堂」は整備された公園です。緑豊かな公園内を散歩する人、のんびりと談笑をする人、お茶を飲む人など、市民の憩いの場となっています。

歴史を感じる回廊

歴史を感じる回廊

写真:大里 康正

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見事な庭園の中に、歴史を感じさせる回廊が続きます。大都市である成都の様々な音がかき消され、まるで中国の古い時代にタイムスリップした錯覚におちいるかも知れません。

穏やかな時間を十分に楽しんでみましょう。

ところで「杜甫草堂」は何度も火災に見舞われ焼け落ちています。現在残る建物は、明弘治13年(1500年)と、清嘉慶16年(1811年)に再建されたものです。1961年に中国国務院から国家としての重要な保護対象として、中華人民共和国全国重点文物保護単位に認定されています。

現在の建物でも500年前と200年前。歴史が感じられます。

「少陵草堂」歌碑

「少陵草堂」歌碑

写真:大里 康正

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杜甫の号である少陵野老から名づけられたのが、こちらの「少陵草堂」です。朱色の六角形の周囲は池が広がり、また、様々な草花が咲き誇っています。こちらに座り、心地よい風に吹かれ一息入れながら、周囲を見学するのはいかがでしょうか。

杜甫は生涯で1400の詩を残しますが、この地で247の詩を作っています。その間に絶句として6首を残しています。また、成都は三国志・蜀の都でした。杜甫は蜀相という諸葛亮孔明と諸葛亮を祀る「武侯祠」について詩を残しています。詩聖・杜甫から見ても、諸葛亮は尊敬する人だったのです。

「武侯祠」は「杜甫草堂」のすぐ近くです。劉備玄徳の墓があり、同時に諸葛亮孔明も祀る二人の霊廟ですので、杜甫も足を運んだことでしょう。

美しき「浣花祠」

美しき「浣花祠」

写真:大里 康正

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「杜甫草堂」の中でぜひとも足を運んでほしい場所が「浣花祠」です。位置としては、敷地内の中心付近となります。朱色の美しい壁と竹林とのコントラストは見事に感じることでしょう。

このような色は、日本において見る機会はありません。散策していると、とても長い歴史が感じられることからも、中国の魅力ある場所と言えるのではないでしょうか。

成都・杜甫草堂で杜甫の穏やかな生活が感じられる空間を散策

中国歴史上の詩聖であり、日本でも松尾芭蕉が尊敬して止まなかった杜甫が、家族と共に穏やかに暮らせた場所が四川省成都市だったのです。

敷地内は広く、また、見どころは他にも数多くあります。これを機会に美しき「杜甫草堂博物館」まで、ぜひとも足を運んでみて下さい。

この記事の関連MEMO

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/05/07 訪問

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