小高い丘の上にある沖縄「勝連城」は視界を遮るもの無しの絶景ポイント!

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小高い丘の上にある沖縄「勝連城」は視界を遮るもの無しの絶景ポイント!

小高い丘の上にある沖縄「勝連城」は視界を遮るもの無しの絶景ポイント!

更新日:2016/03/20 19:38

大里 康正のプロフィール写真 大里 康正 写真家、旅ライター

沖縄県うるま市にある「勝連城跡」は、首里城跡などと合わせて「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として「ユネスコの世界遺産(文化遺産)」に登録されている重要な城跡です。

13世紀頃の築城とされ、15世紀に一番の繁栄を誇ったやや小高い丘にある「勝連城跡」は、地形を巧みに利用した見事な造りであり、最上段まで上がると周囲には何もなく、360度見渡せる絶景です!

「勝連城跡」とは

「勝連城跡」とは

写真:大里 康正

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沖縄の東岸に位置する「勝連城跡」は、中城湾と金武湾に挟まれた与勝半島にあります。3km程度北東に進むと、与勝半島と平安座島を結ぶ海中道路があることからも、観光客が多く訪れる付近です。

駐車場から坂を上って行くと、地形を巧みに利用した「勝連城跡」が堂々とした姿で見え、そびえるようにあるグスク(城)は、他のグスクの中でも特徴的な景観となっています。

長い歴史を持つこのグスクは、貿易の舞台であったと言えます。初代は英祖王系・大成王の五男と言われます。12−13世紀頃に築城され、琉球王府によって廃城とされる1458年まで続き、最後の按司(あじ)となったのが10代目の阿麻和利です。

按司とは琉球王国での称号と位階であり、王族の中からの分家として出ることがありました。やがて地方では王のかわりの支配者の称号となっていきます。

阿麻和利は名君との評価があり、アジアとの貿易を拡大し、莫大な富を築いたと言われます。勝連城からは灰色瓦が出土しており、これは他に首里城と浦添城からしか出ておらず、その経済力と軍事力の強さを物語るものとされています。

一の郭までの階段は狭い

一の郭までの階段は狭い

写真:大里 康正

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勝連城は坂道と石段での登りが続きます。低い位置から四の郭となり、上に行くにしたがって三、二、一となります。郭とは城の砦や囲いを意味します。最上段部となる一の郭手前の階段は狭くなっていますので、足元に注意をしましょう。また、濡れている際には滑りやすくなりますので、こちらも注意が必要です。

中城湾の先に見える知念半島

中城湾の先に見える知念半島

写真:大里 康正

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勝連城で最も高い場所が一の郭で98mあります。ここは360度、グスクの周囲を全て見渡せる絶景です。眼下には中城湾があり、その向こうには知念半島が広がっており、見事な景色を楽しむことが出来ます。

上から見下ろす二の郭

上から見下ろす二の郭

写真:大里 康正

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一の郭からは二の郭の全体の様子を見ることが出来ます。この二の郭が按司の屋敷跡と、執務場所であったと言われ、グスクの中で重要な場所とされます。なお、重要さを証明するように、二の郭には御嶽(ウタキ)が残されています。御嶽とは神が降臨する場所であり神を祀った場所なのです。

最後に

勝連城は他のグスクと違って坂道や階段が多くあります。シューズを含め、歩きやすい恰好がお勧めです。これを機会に、長い歴史と見事な見晴らしを誇る勝連城跡に、足を運んでみませんか?

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掲載内容は執筆時点のものです。 2015/06/25 訪問

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