沖縄の東岸に位置する「勝連城跡」は、中城湾と金武湾に挟まれた与勝半島にあります。3km程度北東に進むと、与勝半島と平安座島を結ぶ海中道路があることからも、観光客が多く訪れる付近です。
駐車場から坂を上って行くと、地形を巧みに利用した「勝連城跡」が堂々とした姿で見え、そびえるようにあるグスク(城)は、他のグスクの中でも特徴的な景観となっています。
長い歴史を持つこのグスクは、貿易の舞台であったと言えます。初代は英祖王系・大成王の五男と言われます。12−13世紀頃に築城され、琉球王府によって廃城とされる1458年まで続き、最後の按司(あじ)となったのが10代目の阿麻和利です。
按司とは琉球王国での称号と位階であり、王族の中からの分家として出ることがありました。やがて地方では王のかわりの支配者の称号となっていきます。
阿麻和利は名君との評価があり、アジアとの貿易を拡大し、莫大な富を築いたと言われます。勝連城からは灰色瓦が出土しており、これは他に首里城と浦添城からしか出ておらず、その経済力と軍事力の強さを物語るものとされています。
勝連城は坂道と石段での登りが続きます。低い位置から四の郭となり、上に行くにしたがって三、二、一となります。郭とは城の砦や囲いを意味します。最上段部となる一の郭手前の階段は狭くなっていますので、足元に注意をしましょう。また、濡れている際には滑りやすくなりますので、こちらも注意が必要です。
勝連城で最も高い場所が一の郭で98mあります。ここは360度、グスクの周囲を全て見渡せる絶景です。眼下には中城湾があり、その向こうには知念半島が広がっており、見事な景色を楽しむことが出来ます。
なお、遺跡の城壁では、上がって良い場所と禁止の場所があり、どこでも自由にということではありません。安全性と観光のマナーと言う意味で、ルールを守りながら、誰もが心地よい観光が出来るような配慮も必要となります。
一の郭からは二の郭の全体の様子を見ることが出来ます。この二の郭が按司の屋敷跡と、執務場所であったと言われ、グスクの中で重要な場所とされます。なお、重要さを証明するように、二の郭には御嶽(ウタキ)が残されています。御嶽とは神が降臨する場所であり神を祀った場所なのです。
沖縄観光において、ウタキは使われなくなった場所でも、神聖な場所であることに変わりはありません。立ち入り禁止の表示が無くても中には入らないようにしましょう。
勝連城は他のグスクと違って坂道や階段が多くあります。シューズを含め、歩きやすい恰好がお勧めです。せっかくの沖縄観光でケガをしては楽しみが半減しますので、靴や服装は意識をしましょう。
そしてこれを機会に、長い歴史と見事な見晴らしを誇る勝連城跡に、足を運んでみませんか?
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(2024/10/3更新)
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