空海と源義経伝説が残る京都「神泉苑」は穴場的「桜」の名所!

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空海と源義経伝説が残る京都「神泉苑」は穴場的「桜」の名所!

空海と源義経伝説が残る京都「神泉苑」は穴場的「桜」の名所!

更新日:2016/03/07 14:45

大里 康正のプロフィール写真 大里 康正 写真家、旅ライター

世界的に有名な世界遺産・二条城のすぐ近くにありながら、あまり取り上げられることが無い場所が、京都市中京区にある東寺真言宗の寺院「神泉苑」です。ここで見る桜は、朱色の法成橋と法成就池とのコントラストが実に美しく、ぜひとも足を運んでもらいたい桜の名所です。

今回は「空海」の雨乞い祈祷と、「源義経」の恋の伝説が残り、古き歴史も感じることが出来るこちらを、ご紹介します。

「神泉苑」とは

「神泉苑」とは

写真:大里 康正

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創建は古く、延暦13年(794年)とされます。時は平安京遷都であり桓武天皇の入京と一致しています。神泉苑は平安京の南に当たる場所に造営された禁苑でした。禁苑とは宮廷内の庭という意味です。当時は南北に500m、東西に240mありとても大きな禁苑だったのです。

延暦19年(800年)に桓武天皇が行幸しています。正式な資料として神泉苑の名称が出てくるのは、「日本紀略」という平安時代に編纂された歴史書です。延暦21年(802年)には雅宴が催されたとあり、この頃から神泉苑として天皇や廷臣の宴遊の場となっていったのです。

弘仁3年(812年)に嵯峨天皇が「花宴の節」を催したとあり、実に1200年前に花見をしたという古い歴史と由緒正しき場所なのです。

境内を散策し、かつてこの地が宮廷の宴の場であり、天皇が行幸して花見が行われた場所であることを感じてみて下さい。

桜と法成橋

桜と法成橋

写真:大里 康正

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慶長8年(1603年)、徳川家康が二条城造営の際、神泉苑の敷地は大幅に城内に取り込まれてしまっています。同時に水源も城内に引き込まれています。

春の日差しの中、その美しき佇まいに心惹かれることでしょう。何百本もの桜が咲いている様子は見事なものですが、数は少なくても独特の雰囲気の神泉苑で、法成橋を歩いてみましょう。静かな中に長い歴史の重さが感じられるかも知れません。

龍神と空海

龍神と空海

写真:大里 康正

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神泉苑の法成就池には龍神(善女竜王)が住むといわれ、水は決して枯れることが無いことも有名です。天長元年(824年)に西寺の「守敏」と東寺の「空海」が祈雨の法を競い、空海が勝ったことから以後東寺の管轄となったとされます。こうして空海にも深いご縁のある場所になったのです。この場所は京都の東寺と同じ真言宗であり、ご本尊は聖観音、 不動明王、そして弘法大師「空海」となっています。

その後の歴史

その後の歴史

写真:大里 康正

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天明8年(1783年)に発生した天明の大火。この時に堂塔社殿を焼失しています。最近の出来事では平成26年に、築200年の本殿の改修を含めて法成就池の水を抜き、石垣の修復までの大規模な整備作業が終わっています。

最後に

「神泉苑」の源義経伝説を紹介します。源義経はこの地で静御前に出会ったというのです。雨乞いの神事の際、静御前が舞った直後に大雨となったとされます。源義経は美しく舞う静御前と恋に落ちたのです。

これを機会に、古い歴史を持つ桜の名所、神泉苑に足を運んでみませんか?

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掲載内容は執筆時点のものです。 2015/04/12 訪問

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