リピーターにおススメ!古きよき台湾の魅力が詰まった街「鹿港」にタ〜イムスリップ!

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リピーターにおススメ!古きよき台湾の魅力が詰まった街「鹿港」にタ〜イムスリップ!

リピーターにおススメ!古きよき台湾の魅力が詰まった街「鹿港」にタ〜イムスリップ!

更新日:2016/03/12 20:11

吉川 なおのプロフィール写真 吉川 なお 台湾在住ライター、元旅行会社勤務の旅行マニア

台北駅から台湾高鉄利用で約2時間半、台中駅からバスで約1時間の場所にある「鹿港(ルゥガン)」は清朝時代、今から200年ほど前に栄えた古都です。台湾三大貿易港の一つとして繁栄しましたが、徐々に廃れていき、今は古きよき時代の面影を残す小都市となっています。

空が見えない街と言われ、さまざまな名刹や古跡を持つ鹿港の街は、路地一本にも風情があり、歩いてこそその魅力が分かります。

鹿港の歴史

鹿港の歴史

写真:吉川 なお

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台湾中西部にある鹿港は、清朝時代には「一府、二鹿、三艋舺」と呼ばれた台湾第2の都市でした。一府は台湾府城が置かれた台南市安平、二鹿がここ彰化県鹿港、三艋舺は台北市万華で、いずれも海洋貿易によって発展しました。

台湾海峡に隣接する鹿港も、1784年に福建省泉州との間に航路が開かれたことで商業の中心地となり、以後約60年間、黄金時代を迎えます。人口は10万人を超え、「鹿港八郊」という8つの商業組合が組織されて、商いの種類や卸先を分担し合って大いに繁栄しました。

しかし、1860年の北京条約で淡水、基隆、安平、高雄の4つの港が開放されると、その繁栄にも陰りが見え始めます。やがて港湾に土砂が溜まり、日本統治時代に新たに輸送手段となった縦貫鉄道の輸送網からも外れてしまいます。さらにその後勃発した日中戦争によって中国との貿易が絶たれて壊滅的なダメージを受け、長く続いた経済的繁栄は終焉を迎えました。

商業地としての地位を失ったことが、鹿港の発展に終止符を打つことになりましたが、それによって往時の街並みが残ることになり、昔の台湾の面影をいまに伝える希少な街の一つとなりました。

空が見えない、地面が見えない、女性を見かけない街

空が見えない、地面が見えない、女性を見かけない街

写真:吉川 なお

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鹿港は小さな街なので、徒歩で観光が可能です。鹿港のメインストリートは中山路で、当時は五福大街という商店街でした。日本統治時代に区画が整理されて道幅が広げられましたが、もともとは盗賊の侵入を防ぐため道は狭く、街道の両端には治安を守るため、門が設置されていました。この門は夕刻には閉じられ、白昼のみ商いが行われていました。

鹿港には「三不見、不見天、不見地和不見女人」という独特な言い回しがあります。三つの見えない(三不見)もの、それは家々の屋根が風雨を防ぐために通路に大きくせり出していたため「不見天(空が見えない)」、通りには泉州から持ち込まれたレンガが敷き詰められていたことから「不見地(地面が見えない)」、保守的な風潮から女性は籠に乗って外出していたため「不見女人(女性を見かけない)」というもので、この言葉からも当時の様子をうかがい知ることができます。

【九曲巷】と【摸乳巷】

【九曲巷】と【摸乳巷】

写真:吉川 なお

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鹿港は川の流れに沿って家が建てられたため、曲がりくねった道や細い路地がたくさんあります。先が見えない赤レンガの細い道は、どことなく風情があり、歩いているとワクワクします。

道がくねくね曲がっていることから【九曲巷】と名付けられた小道は、秋口に吹く強い東北季節風の勢いをやわらげ、砂埃が舞うのを防ぎました。昔は出入り口に扉があり、寒い冬でも春のように暖かいと言われ、また狭さ故、不審者の侵入も拒みました。

【摸乳巷】という小道も鹿港ならではのスポットです。うなぎの寝床のような、入口が狭く奥行きがある家屋が並ぶ地域の防火道で、長さは約100メートル、幅はわずか70センチしかありません。大人1人がやっと通れる広さで、ここですれ違う女性は「乳が触れないよう手で胸を触って通る」という意で、実際に歩いてみるとまさにその通り、お腹まで引っ込めたくなるほどです。

『八景十二勝三大古跡』

『八景十二勝三大古跡』

写真:吉川 なお

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鹿港には『八景十二勝三大古跡』と呼ばれる名所もあります。全部ご紹介しきれませんが、必ず見ておきたいのは、八景の【鹿港民俗文物館】、十二勝の【半邊井】、三大古跡の【龍山寺】【天后宮】です。

【鹿港民俗文物館】は、日本統治に貢献したことで財を成した辜顕栄氏の邸宅跡です。「小さな総統府」と呼ばれたルネサンス様式の洋館には、清代から民国初年に至る計6000点の収蔵品があり、うち3000点余りは鹿港の民俗文物です。それらを見ていると、かつての繁栄ぶりが手に取るように分かります。

【半邊井】は瑤林街に残る井戸の遺構です。井戸は当時、財力がある人しか持てず、この家の主の王氏は井戸の半分を通りに設えて、近隣住民にも提供しました。「敦親睦隣」という共有の美徳を今に伝える遺構です。

【龍山寺】は第一級国定重要文化財に認定されている鹿港第一の名刹です。柱や壁だけではなく、天井にまで美しい彫刻が施され、別名「台湾の紫禁城」とも言われています。

【天后宮】は航海や漁業の神様である媽祖を祀る廟で、台湾全土にある媽祖廟の総本山です。台湾各地にある媽祖像はすべてここから分霊されたもので、周辺には屋台がたくさん出ていて、縁日のような雰囲気も楽しめます。

鹿港老街をそぞろ歩き

鹿港老街をそぞろ歩き

写真:吉川 なお

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中山路と道1本隔てて平行する埔頭街、瑤林街、大有街は、当時は河川の近くに位置していたため、船の停泊で潤って「老街」が形成されました。清代に建てられた泉州式建築のレンガ造りの家屋が並び、現在は古跡保存区として整備され、情緒を醸し出しています。ほとんどの家が1階でお土産屋や茶芸館などを営んでいて、そぞろ歩きが楽しいエリアとなっています。

鹿港の名物は、蝦猴(しゃこ)、蚵嗲(カキのかき揚げ)、芋丸(タロ芋だんご)、鳳眼糕(米粉菓子)、牛舌餅(牛の舌の形のパイ)、蚵仔煎 (カキのオムレツ)などいろいろありますが、老街で休憩されるなら、麵茶を飲んでみてはいかがでしょうか。

麺茶とは、小麦粉に砂糖、白ゴマを入れて炒め、それをお湯で溶かしたもので、きな粉のような味がします。これに仙草ゼリーやポン菓子を入れた冰麺茶、緑豆・仙草・粉粿を載せた麺茶剉冰というかき氷が名物で、老街の茶芸館で味わえます。どこか懐かしさを感じる素朴な味です。

伝統菓子を購入するなら『玉珍齋』がお薦めです。1877年創業の老舗で、台湾の国家行事の際にもここの菓子が供されています。店内には、看板商品の鳳眼糕をはじめ、鳳梨酥や酷、糕、太陽餅などの手作り商品が選り取り見取り。台湾土産に最適です。

日本人の足跡も

鹿港には、日本人の町長が住んだ日本家屋も残っています。町長の公邸として使われた【鹿港街長宿舍】は和式の木造建築で、中に入るとどこか懐かしさを感じます。

日本統治時代の建物を再利用した【桂花巷芸術村】は、鹿港のアートスポットです。古民家が絵画で彩られ、定期的に芸術文化イベントが開催されるなど、活気がみなぎるエリアとなっています。

鹿港にはこの他にも見どころがたくさんあります。ここにしかない、ここならでは古の台湾を感じに訪れてみてはいかがでしょうか。 

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/10/11 訪問

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