日本三大大仏に名乗り!?黄金色に輝く・正方寺「岐阜大仏」

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日本三大大仏に名乗り!?黄金色に輝く・正方寺「岐阜大仏」

日本三大大仏に名乗り!?黄金色に輝く・正方寺「岐阜大仏」

更新日:2016/03/12 19:18

Masahiro Tokitoのプロフィール写真 Masahiro Tokito 旅好きブロガー

あなたは「日本三大大仏」ってご存知ですか?日本にある大仏の中から代表的な3尊を選んだもののことです。「奈良大仏」・「鎌倉大仏」は有名ですよね。では、3尊目はどこか?以前は京大仏が3尊目でしたが現在は焼失しており存在しません。

そこで、名乗りを挙げるのがこれからご案内させていただく岐阜県岐阜市の正方寺に鎮座される「岐阜大仏」です。

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こちらが岐阜県岐阜市にある正方寺

こちらが岐阜県岐阜市にある正方寺

写真:Masahiro Tokito

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わりとひっそりと存在する正方寺。この中に大仏さまが鎮座されています。日本三大大仏が「自称」ということもあってか知名度は高くないです。そのため、すぐ近くにある金華山や岐阜城、織田信長の居館跡などがひしめく岐阜公園に観光客が集中しています。そのため金華山や岐阜公園と一緒に巡るのがおすすめです

そして目にするとわかりますが、正方寺は従来の日本のお寺というよりかはやや中国式のような造りになっています。

こちらが岐阜大仏です。

こちらが岐阜大仏です。

写真:Masahiro Tokito

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建立は江戸時代の寛政の頃話。金鳳山・正法寺の第11代惟中和尚は、相次ぐ大地震や大飢饉に心を痛め、これらの災害で亡くなった人々の菩提のために大釈迦如来像の建立を図りました。1800年にはお堂が完成。しかし、1815年に惟中和尚は志半ばで亡くなります。そして第12代肯宗和尚が後を継ぎ、1832年、遂に大釈迦如来像は完成。

苦節38年、岐阜大仏の開眼供養の際は織田信長居住以来の盛儀だったと伝えられています。

別名は「かご大仏」

別名は「かご大仏」

写真:Masahiro Tokito

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岐阜大仏、正確には「釈迦如来座像」です。奈良大仏は14.98m、鎌倉大仏は11.35m、そして岐阜大仏は13.63と座高で言えば他を凌ぐ大きさです。

また、大イチョウを直柱として、骨格は木材で組み外部は良質の竹材と粘土で造られ、その上を一切経で糊張りし漆を塗り金箔を置いたものです。胎内には「薬師如来」がまつられているという二重構造となっています。

和尚さんがニ代にわたって資金を集めるも、それでも東大寺や鎌倉の大仏のように銅で鋳造するには資金が足りなかったとのこと。そこで、苦肉の策として安上がりな乾漆造りにすることで大仏の建設に着手できたという話。
おかげで日本一の乾漆仏を見事作り上げたというのが完成秘話。

そのため、別名は「かご大仏」。竹材を籠のように編んでいることからこの別名もあるとのこと。納得です。

大仏の周りにあるものとは

大仏の周りにあるものとは

写真:Masahiro Tokito

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岐阜大仏の周囲は「五百羅漢」が囲んでいます。
日本においては「五百羅漢」は仏陀に常に付き添った500人の弟子、または仏滅後の結集に集まった弟子を「五百羅漢」と称して尊崇・敬愛することも盛んにおこなわれてきました。岐阜大仏もそれだけ尊崇・敬愛されているという表現と受け取れますね。

OKサイン

OKサイン

写真:Masahiro Tokito

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大仏様の右手を見ると「OKサイン」に見えませんか?
これは「印相」というものです。仏像の手の形や組み方を印契あるいは印相といい、略して「印」と呼ぶこともあります。

印は本来釈迦の身振りから生まれたものです。仏様が伝えたいメッセージが含まれているとも言われます。

おわりに

いかがでしたでしょうか?日本三大大仏に名乗りを上げている岐阜大仏。
奈良と鎌倉の大仏を見て満足されていませんか?ここは是非、岐阜にも足を運んでいただいて、その眼で3尊目にふさわしいかどうか判断してください。
もちろん、歩いてすぐのところに観光名所として名高い岐阜公園もありますので合わせてどうぞ!

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掲載内容は執筆時点のものです。 2015/05/08 訪問

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