震災の遺構と復興をこの目で!宮城県の仙石線・旧野蒜駅で心打たれる旅を

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震災の遺構と復興をこの目で!宮城県の仙石線・旧野蒜駅で心打たれる旅を

震災の遺構と復興をこの目で!宮城県の仙石線・旧野蒜駅で心打たれる旅を

更新日:2016/03/24 17:31

かのえ かなのプロフィール写真 かのえ かな ライター、駅舎愛好家、マンホール愛好家

ぐにゃりと曲がった手すりに看板。雑草に埋もれてしまっている旧線路。旧野蒜駅が伝える震災の遺構は、訪問者に言葉にならない数多くの感情を教えてくれます。

しかし、旧野蒜駅が伝えるのは震災の爪痕だけではありません。1分1秒と変わり続ける被災地の復興のプロセスを伝えるシンボルとして、今、新たな進化を遂げています。

野蒜海岸・奥松島観光の玄関口だった野蒜駅

野蒜海岸・奥松島観光の玄関口だった野蒜駅

写真:かのえ かな

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野蒜駅とは、宮城県東松島市にあるJR仙石線の鉄道駅です。かつては野蒜海岸・奥松島観光の玄関口として人気を博し、多くの観光客で賑わっていました。

ところが2011年3月11日の東日本大震災によって甚大な被害を受け、運休を余儀なくされます。

約3.7メートルの津波で、駅舎1階部分まで浸水したという当時の爪痕は、今でも見ることができます。ホーム入口にある手すりは大きく傾き、ねじ曲げられ、プラットホームの天井にぶら下がる看板までもが津波によって曲げられています。

旧野蒜駅を震災の遺構として残して欲しいという声が続出

旧野蒜駅を震災の遺構として残して欲しいという声が続出

写真:かのえ かな

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多くの人に強い印象を与える旧野蒜駅の姿を、震災の遺構として保存して欲しいという声が多数挙がり、東松島市は旧野蒜駅プラットホームの保存を決定しました。かつて野蒜観光に来たことがある人から、震災をきっかけに始めて野蒜を知った人まで、多くの人が今もなお旧野蒜駅を訪ねています。

さらに現在、プラットホームの隣には、「震災メモリアルパーク」の設置が行われています。メモリアルパークは総面積約1.5ヘクタールとなる予定で、2016年度内の完成を目指しています。既存の駐車場も拡大される予定で、周辺整備が進むと共に、今後より一層多くの人が野蒜を訪ねることでしょう。

野蒜駅の旧駅舎は震災伝承館(仮称)となる予定

野蒜駅の旧駅舎は震災伝承館(仮称)となる予定

写真:かのえ かな

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なお野蒜駅の旧駅舎は、改修後コンビニが営業を開始し、観光や交流の拠点となる「野蒜地域交流センター」として活用されています。

今後は復興のシンボルとして、「震災伝承館(仮称)」となる予定です。
震災伝承館では東日本大震災による被災の様子や、復興のプロセスを伝えるパネルや写真、DVDなどが見られる予定となっています。

旧野蒜駅と野蒜駅(新駅)の間を歩いてみよう

旧野蒜駅と野蒜駅(新駅)の間を歩いてみよう

写真:かのえ かな

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旧野蒜駅を訪問するときは、ぜひ仙石線の野蒜駅(新駅)から歩いてみましょう。
野蒜駅は仙石線の復旧に伴い移転され、新駅はこれまでより500メートル内陸の高台に設置されています。

野蒜駅は仙台駅から仙石線(仙石東北ライン)で約40〜60分です。
(乗り継ぎ等によって乗車時間は異なります)

野蒜駅から旧野蒜駅までは、ほぼ1本道で徒歩20分程となります。
整備や開発によって復旧を遂げようとする町の姿や、東名運河の景観を眺めながらの散策は、意義深い旅の思い出となるでしょう。

町中にも残る、震災の遺構

町中にも残る、震災の遺構

写真:かのえ かな

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野蒜駅から旧野蒜駅の間を歩いていると、雑草に埋もれた線路がチラホラ・・。
これらは、かつての仙石線で使用されていた線路です。

プラットホームのみならず、町中にもこうした震災の遺構を見ることができます。

おわりに

震災の遺構と復興を同時に体感できる場所として生まれ変わった、野蒜駅。新たなシンボルとして変わり続けるその姿は、一度見ると人の心を引き付け、また訪ねたいと思わせてくれます。

青春18きっぷをはじめとしたJRのフリーパスを活用して、鉄道旅の一環として立ち寄るのもおすすめですよ。

この記事の関連MEMO

掲載内容は執筆時点のものです。 2014/09/01−2015/09/02 訪問

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