紫陽花が彩る風情ある散歩道!信州上田塩田平「あじさい小道」

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紫陽花が彩る風情ある散歩道!信州上田塩田平「あじさい小道」

紫陽花が彩る風情ある散歩道!信州上田塩田平「あじさい小道」

更新日:2016/07/12 12:07

和山 光一のプロフィール写真 和山 光一 ブロガー

田園風景の中に、古刹や古塔が立ち並び、中世の面影を色濃く残す「信州の鎌倉・塩田平」。前山寺から塩田城址を経て塩田神社へと続く鎌倉街道沿いは、別名「あじさい小道」と呼ばれています。毎年6月中頃になると、ガクアジサイが淡い紫色に色付き始め、見頃を迎える7月には、道の両側に約4万本が咲き揃い、パステル画のような散歩道を描き出します。梅雨の季節の外出は億劫ですが、雨露にぬれた紫陽花の花を見に行きませんか。

前山寺の三重塔を見て「あじさい小道」をスタート

前山寺の三重塔を見て「あじさい小道」をスタート

写真:和山 光一

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平安時代の弘仁(812年)弘法大師によって創建された格式ある前山寺へは、拝観料200円を払って入山します。両側に大樹がそびえる見事な参道が100Mほど続き、山門に一歩足を踏み入れるとそこはタイムトンネルをくぐり抜けたかのような中世の世界、静謐な空気が流れています。茅葺きの本堂と三重塔が印象的な真言宗の寺院で、特に重要文化財である三重塔は室町時代初期の建立です。当時の様式である二、三層に本来あるべき廻廊、勾欄や窓がないのですが、その美しさから完成物以上に均整のとれた佇まいに「未完成の完成塔」と呼ばれているのです。

この寺でもう一つ有名なのが、代々受け継がれてきた味の庫裡で供される「くるみおはぎ」700円、甘すぎないクルミだれは、まさに絶品の味わいなのです。愛情が詰まった名物のおはぎを食べて、日常の喧噪と離れた穏やかな時を過ごしてみてください。

艶やかな紫色に彩られた木漏れ日がまぶしい散歩道

艶やかな紫色に彩られた木漏れ日がまぶしい散歩道

写真:和山 光一

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名物の味に舌鼓を打った後は、前山寺の裏手にある標識から「あじさい小道」の始まりです。出だしは細い山道という感じですが、気持ちのいい小川のせせらぎを聞きながら歩いていくと、やがて一番の見どころである「塩田城跡」にたどり着きます。ガクアジサイも道の両側や山裾にも花を咲かせていて、見事なあじさいに彩られた塩田城跡の碑の前からは塩田平が一望できます。

弘法山の山麓にあった塩田城は、元弘3(1333)年塩田北条氏が滅亡した後、室町時代信濃の豪族村上氏が統治したとされています。現在は村上氏の居館跡の石碑がしずかに立っているのみです。

ここから先は「塩田の館」まで、両脇を埋め尽くすあじさいと木漏れ日がまぶしい道のりが続いてゆきます。途中には、塩田北条国時の開基と伝わる塩田北条氏の菩提寺である「龍光院」の参道に出会います。古くは仙乗寺といい鎌倉・建長寺の末寺であった曹洞宗のお寺で、黒門と樹齢600年を誇る欅の古木が堂々たる風格を感じさせます。ところで、この寺では事前予約制で精進料理「山菜膳」が食べられるとのことです。

歴史文化の交流から生まれた「里帰りそば」

歴史文化の交流から生まれた「里帰りそば」

写真:和山 光一

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“蚕都上田”をイメージした建物の「塩田の館」にはおやきやそばが味わえる食事処「北条庵」が併設されているので、散歩後の休憩もできます。

ここのそばは「里帰りそば」と言われ兵庫県豊岡市出石町の「出石そば」同様に「皿そば」なのです。宝永3(1706)年上田藩主仙石氏が、江戸幕府から出石藩主松平氏とのお国替えを命じられ、その際に仙石氏は信州上田のそば職人を出石へ連れて行ったことから、今では関西で最も著名な蕎麦の一つである「出石そば」が誕生したと言われています。この出石そばが、江戸末期から白い出石焼きの5枚の小皿に乗せて提供された為、「皿そば」とも呼ばれるようになったとのことですが、時は流れ1979年、上田市と出石町(現豊岡市)が姉妹都市となった事がきっかけで、出石そば(皿そば)が信州塩田の地で提供される事となり、このそばを「里帰りそば」と命名されました。

地元塩田で収穫されたそばを石臼で丹念に製粉、提供する日の朝に手打ちをし、挽きたて、打ちたて、ゆでたての3たてにこだわっているとのこと。そばは出石そば同様、白い出石焼きの5枚の小皿に盛られて供されます。5枚で1人前700円、そば栽培から製粉、手打ち、店の運営まで一貫して管理するこだわりの蕎麦は、さすがに味、香り、食感どれをとっても美味しい蕎麦ですよ。

塩野池からの爽やかな風を受けたガクアジサイが咲き誇る

塩野池からの爽やかな風を受けたガクアジサイが咲き誇る

写真:和山 光一

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塩田の館から塩野池を横目に見ながら歩きます。「あじさい小道」のあじさいは、さらに色を増して訪問者を迎えてくれ、終点「塩野神社」へと続きます。塩田平は周囲をとりまく山地が1200mと低く、かつ内陸の盆地で降雨量が少ないためため池灌漑がおこなわれていた地域です。塩野池は独鈷山から流れる塩野川の水を貯めていて塩野平の景観にひとつになっていて全国ため池百選に選定されています。

終着地は江戸時代の社寺建築を伝える社殿「塩野神社」

終着地は江戸時代の社寺建築を伝える社殿「塩野神社」

写真:和山 光一

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見事な杉並木を抜けると境内の中に塩野川に架かるめずらしい太鼓橋があり、そこを渡ると鬱蒼とした森の中には無人の質素な木造神社で、延喜式にもその名が記載されている由緒ある古社「塩野神社」があります。代々工人として社寺建築に精通し、上田地方に多くの業績を残した江戸時代中期の大工棟梁、末野忠兵衛が建てたもので拝殿は寛保3(1743)年に現在の地に再建されました。

間口と奥行きが同じ長さの楼門造りの二階建てで信州ではとても珍しく、建築形式上でも貴重な建物と言われています。とりわけ拝殿の彫刻の緻密さと豪快さには惹かれるものがあります。虎や牡丹、天女等の透かし彫り、虹梁と呼ばれる装飾のある梁には象や雲形が刻まれるなどすべてが完成された美しさです。また竜が脇障子の上の木を飲み込む珍しいデザインで竜の目玉がないのは、夜ごと悪さをする竜の目玉をくりぬいたからという伝説が残っていますよ。

シャトルバスで信州の鎌倉巡り

「遊歩百選」にも選ばれている「あじさい小道」は、かつて「鎌倉街道」が上田市塩田から延々と鎌倉市の鶴岡八幡宮まで伸びていたので鎌倉往還とか鎌倉道などとも呼ばれていました。

鎌倉の北条氏のひとり、鎌倉幕府8代執権北条時宗の連署であった北条義政が1277年に信濃国塩田荘に遁世し、それ以降50年余り国時、俊時の3代にわたって北条氏がこの地域を治めました(塩田北条氏)。その間、鎌倉風の仏教文化が塩田及び別所の地に栄えたことからいつしか「信州の鎌倉」と呼ばれるようになったのです。

塩田平へは、上田駅からのどかな田園地帯を走る上田交通別所線で向かい、10駅目の塩田町で降り「信州の鎌倉シャトルバス」に乗って、見どころを巡ります。バスは独鈷山の山裾へと緩やかに登っていき、緑深い山が目前に近づいてきたところでバスは前山寺に到着です。

「あじさい小径」を散策した後は、塩田神社から200メートルほどのところにある、方三間の美しい薬師堂のある中禅寺から、またシャトルバスに乗って別所温泉に向かいましょう。枕草子に“湯は七久里”と記された別所温泉に泊まるもよし、外湯巡りを楽しむもよしです。中世の貴重な歴史遺産が集まり、鎌倉時代の香りを今なお漂わす信州の鎌倉「塩田平」に、あじさいの咲くこの時期(見頃の目安は7月上旬から下旬、中旬にはあじさい祭りが開催されます)是非足をのばしてみてください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2013/07/14−2016/07/10 訪問

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