鳴門ドイツ館!バルトの楽園に描かれた俘虜収容所の生活とは?

鳴門ドイツ館!バルトの楽園に描かれた俘虜収容所の生活とは?

更新日:2016/04/12 13:54

Ise Shinkurouのプロフィール写真 Ise Shinkurou
徳島県鳴門市に残る第一次世界大戦の秘話をご存知でしょうか?「坂東俘虜収容所での捕虜の生活の様子」は、当時では考えられない程博愛に満ちたものでした。これは日本の武士道「武士のなさけ」が世界的に知られ、素晴らしい評価を受けた事にもなります。捕虜たちが遠く離れた故郷を思いながら完成させた石積みの「めがね橋・ドイツ橋」も残り、未来を担う子ども達に是非見て欲しい鳴門市に残る歴史の証人をご紹介します。

「武士のなさけ」を実感できる捕虜の生活の様子

「武士のなさけ」を実感できる捕虜の生活の様子

写真:Ise Shinkurou

地図を見る

第一次世界大戦中、中国の青島(チンタオ)で降伏し捕虜となったドイツ兵は約4700名。そのうち約1000名が徳島県にある「坂東(ばんどう)俘虜収容所」に送られてきました。

収容所で所長を務めた「松江豊寿(とよひさ)」は会津若松出身。父から戊辰戦争の悲惨さを語り継がれ、生涯を通して博愛思想を貫いた人物と言われています。

「捕虜は犯罪者ではない。祖国愛から国を守るために戦い、敗れた人たちである。」との思いから、捕虜を大切に扱い、弱者をいたわる「武士の情け」を示しました。この事から日本の武士道が世界的に評価を受けたと言われる程。

「坂東俘虜収容所」は甲子園球場ほどの広さがあり、敷地内にはドイツ人が経営する商店、ボーリング場等の娯楽施設まであったとされています。本当に驚きですね。

そしてここでの捕虜たちの生活の様子を、当時の写真・捕虜の手紙・再現されたミニチュア建物などを通して興味深く説明してくれるのが「鳴門市ドイツ館」です。

東洋初の演奏!ベートーベン「第九交響曲」

東洋初の演奏!ベートーベン「第九交響曲」

提供元:徳島県観光協会

http://www.awanavi.jp/photo/地図を見る

館内にある「第九シアター」では、等身大の人形が、オーケストラの演奏を聴かせてくれます。ここ坂東の地は日本で初めてベートーベン第九交響曲が演奏された場所。
第一次世界大戦中(1918年)アジアで初めてドイツ兵捕虜によって演奏されたのですから本当に驚きと感動ですよね。この話は映画「バルトの楽園」として映画化されています。

人形の演奏は、力強くしかも哀愁さえ感じられ、遠く離れた故郷を思い捕虜たちがどんな思いで演奏したかを彷彿させてくれます。

またこの収容所では、新聞を発行したり、ビールを飲むことも許されていました。地域住民との交流によりドイツパンの作り方も伝授されたと言われています。この時代の捕虜の生活とは思えないほどです。松江所長の人柄と武士道精神に脱帽です。


また館内にはドイツから輸入された雑貨・食品類が豊富に揃っています。1972年ドイツ・リューネブルグ市と鳴門市は姉妹都市盟約を結び、ドイツ館は現在も日本とドイツの架け橋となっています。

故郷を思い造られた「めがね橋」

故郷を思い造られた「めがね橋」

写真:Ise Shinkurou

地図を見る

ドイツ館から車で2分ほどの場所にある「大麻比古(おおあさひこ)神社」。この神社の境内に往時のドイツ兵捕虜が作った「めがね橋」が残っています。

モルタル材などの接着資材をいっさいに使わず造られた本格的なめがね橋です。とても小さなめがね橋ではありますが、故郷を遠くい離れ、この地に暮らす捕虜たちの哀愁がこもるすてきな橋です。

石積みのアーチ橋の役割は日独親善

石積みのアーチ橋の役割は日独親善

写真:Ise Shinkurou

地図を見る

上記の「めがね橋」からさらに奥に入り込めば、こちらも世界大戦の歴史の証人とも言える「アーチ橋」が。神社の裏を流れる坂東谷川に架かるこの橋は、長さ3メートル高さ3メートルの石積みのアーチ橋です。
「めがね橋」と「アーチ橋」は、日独の友好の架け橋として1919年に築かれたものです。この年は第一次世界大戦が終結した年でもあります。大きな歴史のうねりを感じますね。

ドイツ兵捕虜と地域住民との交流が積極的に行われ、文化・学問あらゆる分野でドイツと日本の親交を深めました。その活動の一つとして造られたこのようなアーチ橋は、当時は10本架かっていたと言われています。残念ながら現存するアーチ橋はここ一箇所のみになっています。
これらの2つの橋は「坂東俘虜収容所」が日独の親善で果たした役割の歴史の証人なのですね。

まとめ

第一次世界大戦頃の戦争捕虜の生活はとても苦しく厳しいものでありました。人間としての尊厳を失うほどの扱いを受ける収容所もあったと言われています。ですがここ「坂東俘虜収容所」で示された武士道精神からは感銘を受けると同時に日本人としての誇りさえ感じさせてくれます。ドイツ館周辺には、ドイツ村公園(坂東俘虜収容所跡地)が整備され当時の基礎を見ることも出来ます。この歴史の証人に会いに坂東への旅はいかがでしょうか?

この記事の関連MEMO

掲載内容は執筆時点のものです。 2016/04/04 訪問

- PR -

条件を指定して検索

- PR -

この記事に関するお問い合わせ

- 広告 -