注目のパワスポ!埼玉・越生の龍穏寺境内社「熊野神社」権現造に神秘的な神話彫刻

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注目のパワスポ!埼玉・越生の龍穏寺境内社「熊野神社」権現造に神秘的な神話彫刻

注目のパワスポ!埼玉・越生の龍穏寺境内社「熊野神社」権現造に神秘的な神話彫刻

更新日:2016/04/14 16:10

水津 陽子のプロフィール写真 水津 陽子 地域活性化・まちづくりコンサルタント

埼玉県越生町はハイキングやサイクリングなど、アウトドアのレジャーやパワースポット巡りが人気のまちです。町内にはパワースポットも点在しており、その一つ龍穏寺は2016年2月放送の「出没!アド街ック天国」でも紹介され、話題のスポットとなっています。しかし、その境内社には龍穏寺にも勝るとも劣らないパワースポット「龍ヶ谷熊野神社」があります。町指定の文化財となっている美麗な社殿彫刻は見事の一言、必見です。

山門の先にはセッコクの森、そして境内社「龍ヶ谷熊野神社」

山門の先にはセッコクの森、そして境内社「龍ヶ谷熊野神社」

写真:水津 陽子

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越生町のパワースポットの一つ、龍穏寺。遠くからでも目に付く赤い屋根の山門の前には大きな灯篭や地蔵菩薩像があり、山門を潜った先には着生植物「セッコク」の森、境内社の龍ヶ谷(たつがや)熊野神社があります。

セッコクは江戸時代には長生草、大正時代以降は長生蘭とも呼ばれ、岩や樹木に自生する着生ラン。水分は空中から取っており、初夏に咲く花は白又は淡い紅色をしています。健胃や強壮作用があり、声を美しくする美声薬にもなるとか。

かつて村人の参拝が許されなかった格式高い神社

かつて村人の参拝が許されなかった格式高い神社

写真:水津 陽子

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龍ヶ谷熊野神社は龍穏寺の三世が1492年に熊野本宮大社から分霊して寺鎮守としたのが起源とされています。

江戸時代は格式が高く、村人の参拝は許されませんでしたが、明治維新の神仏分離令により、龍ヶ谷村村社となり、地元の氏子に引き継がれました。祭神は熊野本宮大社の須佐之男命で、縁結びの神社となっています。

心洗われる神聖な空間、これぞまさにパワースポット

心洗われる神聖な空間、これぞまさにパワースポット

写真:水津 陽子

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龍穏寺の境内、木漏れ日の中に建つ、龍ヶ谷熊野神社は静寂に包まれ、神聖で何者にも犯しがたい厳かな姿をしています。澄んだ空気、心洗われる空間はまさにパワースポットそのものです。

社殿は荘厳な権現造り、壁面には名工の彫刻

社殿は荘厳な権現造り、壁面には名工の彫刻

写真:水津 陽子

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現在の社殿は1844年に龍穏寺の五十六世道海沙門によって再建されたもので、様式は入母屋造り、屋根は銅瓦葺き。本殿と拝殿を「石の間」と呼ばれる幣殿がつなぐ荘厳な権現造りです。

その壁画には見事な彫刻がなされています。彫師は群馬の名工、岸亦八で、彫刻は厚さ10センチほどの樫木に彫られています。

名工の手による神話「天岩戸」、天から降りる龍など

名工の手による神話「天岩戸」、天から降りる龍など

写真:水津 陽子

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本殿正面の蟇股(かえるまた)や扉、側面の龍の花頭窓、背面には古事記に描かれた天照大神が天岩戸から出た瞬間、その隣には龍が天から降りてくる様子など、随所に彫技がふるわれています。

また拝殿の天井には花鳥風月の絵が描かれていますが、これは酒井抱一の弟子酒井泡玉の作と伝えられています。

龍隠寺のもう一つのパワースポットをお見逃しなく!

龍ヶ谷熊野神社壁面の彫刻を手掛けた岸亦八はこのほか、龍穏寺の山門と経蔵も手掛けています。これらはいずれも越生町指定文化財となっており、是非一緒に見たいものです。

龍隠寺については【関連MEMO】にある越生町の情報、関連記事を参照ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2016/02/22 訪問

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