石川「金沢文芸館/金沢・五木寛之文庫」作家・五木寛之の直筆原稿も!

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石川「金沢文芸館/金沢・五木寛之文庫」作家・五木寛之の直筆原稿も!

石川「金沢文芸館/金沢・五木寛之文庫」作家・五木寛之の直筆原稿も!

更新日:2017/11/27 18:12

KISHI Satoruのプロフィール写真 KISHI Satoru 岬の狩人、伝記研究者、旅するパンクス

“金沢三文豪”とも称される徳田秋聲、泉鏡花、室生犀星の生まれ育った石川県金沢市。文化的伝統、犀川や白山連峰といった大自然など様々な要素が重なり、古くから文芸活動の盛んな土地柄です。

その金沢にあって文芸活動の拠点を担う「金沢文芸館/金沢・五木寛之文庫」。その建造物の歴史や福岡県出身の作家・五木寛之のコレクションが何故こちらで展示されているのか、その理由を含めて詳しく御紹介致します。

「金沢文芸館/金沢・五木寛之文庫」の概要とアクセス

「金沢文芸館/金沢・五木寛之文庫」の概要とアクセス

写真:KISHI Satoru

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1599年(慶長4年)、加賀藩の第二代藩主・前田利長(まえだ としなが、1562年〜1614年)は城下の防備のために、金沢城の最も外に張り巡らす二つの堀を築きます。東内惣構堀(ひがしうちそうがまえぼり)と西内惣構堀です。

金沢城公園から北東に位置する「金沢文芸館/金沢・五木寛之文庫」の直ぐ西側(写真・右側)には、“枯木橋”という名前の小さな橋があります。1892年(明治25年)に前述の東内惣構堀に掛けられたのが、枯木橋です。

ほんの少し足を止めると、金沢城下の歴史と伝統に触れられる、そんな場所に建つのがこちらの「金沢文芸館/金沢・五木寛之文庫」です。金沢駅兼六園口(旧東口)の7番のりばにて「城下まち金沢周遊バス・右回りルート」に乗車後、約10分で最寄りの橋場町バス停です。バスを降りて徒歩1分とアクセスも簡単です。

「金沢文芸館/金沢・五木寛之文庫」建物の歴史

「金沢文芸館/金沢・五木寛之文庫」建物の歴史

写真:KISHI Satoru

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城下町を流れる浅野川に程近い場所にこちらの建物は、1929年(昭和4年)に銀行として建てられました。レトロでモダンな雰囲気を漂わせる外観は当時からランドマークとして市民に親しまれています。2005年(平成17年)には、金沢市が改修し「金沢文芸館/金沢・五木寛之文庫」へと生まれ変わりました。

“金沢三文豪”と称される徳田秋聲(とくだ しゅうせい、1871年〜1943年)、泉鏡花(いずみ きょうか、1873年〜1939年)、室生犀星(むろお さいせい、1889年〜1962年)三人を輩出した石川県金沢市。

そのような豊かな文化的風土の中で、「金沢文芸館/金沢・五木寛之文庫」は文芸活動の拠点・発信基地を担う交流と学びの場となっています。

入館する前に、様々な方向から建物の外観を楽しむのもオススメです。古代ギリシア建築様式の一つ、イオニア式の角柱付け柱が両サイドに配された正面玄関から中に入ってみましょう。

“国登録有形文化財”の建物・1階は“交流サロン”

“国登録有形文化財”の建物・1階は“交流サロン”

写真:KISHI Satoru

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先述の通り、「金沢文芸館/金沢・五木寛之文庫」の歴史ある建物。1993年(平成5年)に“金沢市保存建造物”に指定され、2004年(平成16年)には“国登録有形文化財”に登録されています。

内部は、1階“交流サロン”、2階は作家・五木寛之(いつき ひろゆき、1932年〜 )の様々なコレクションが展示される“金沢・五木寛之文庫”。3階は泉鏡花文学賞コーナーもある“文芸フロア”となっています。順を追って各階をそれぞれ詳しく見ていきましょう。

1階の交流サロンは、金沢ゆかりの作家の作品や金沢を舞台にした映像が楽しめるサロンとなっています。高い天井と銀行時代に使われていた重厚なカウンターが、外観と同様に独特のレトロな雰囲気を醸し出しています。

文芸好きな方々が気軽に集える“溜まり場”的な空間をコンセプトにした“交流サロン”。好きな作品を手に取りながら、こちらで語り合ったり、物思いに耽ってみたり、と素敵な空間を楽しんでみて下さい。

石川県金沢市に福岡県出身の作家が何故?2階“金沢・五木寛之文庫”

石川県金沢市に福岡県出身の作家が何故?2階“金沢・五木寛之文庫”

提供元:金沢文芸館/金沢・五木寛之文庫

http://www.kanazawa-museum.jp/bungei/index.html地図を見る

1932年(昭和7年)に福岡県八女市(やめし)生まれの作家・五木寛之。早稲田大学文学部ロシア文学科入学、後に授業料未納で抹籍処分(後年、作家となってから未納分を支払い、中退扱いに)。PR誌編集者、作詞家、ルポライターなど様々な職業を経て、1965年(昭和40年)に学生時代から交際を続けていた岡玲子と結婚、夫人の郷里である金沢に移住します。

兼六園に続く小立野(こだつの)台地のアパートで暮らしながら、1966年(昭和41年)『さらばモスクワ愚連隊』で第6回小説現代新人賞、翌年には『蒼ざめた馬を見よ』で第56回直木賞を受賞。

上記のような経緯があり、作家・五木寛之と金沢は非常に深い繋がりがあるのです。2階“金沢・五木寛之文庫”では、直筆原稿や愛用品を始め、若かりし頃の御夫婦の写真パネルなど他では見る事の出来ない貴重なコレクションが展示されています。

金沢市主催の“泉鏡花文学賞”の歴史

金沢市主催の“泉鏡花文学賞”の歴史

写真:KISHI Satoru

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“泉鏡花文学賞”は1973年(昭和48年)に泉鏡花の生誕100年を記念して制定された金沢市が主催する文学賞です。地方自治体主催による全国規模の文学賞としては全国に先駆けて制定されました。

3階の文芸サロンでは、“泉鏡花文学賞”コーナーが設置され過去の受賞作品が著者の写真と共に展示されています。正賞として贈呈される八つの花弁を模した唐代より見られる鏡「八稜鏡(はちりょうきょう)」もあります。

中央にはテーブルと椅子が用意され、本棚に並べられた泉鏡花文学賞受賞作品や金沢を舞台にした作品などを楽しめるようになっています。

壁には文学関連の観光スポットが記載された金沢周辺の地図もあり、作品をより具体的に楽しめる配慮がなされています。1階の交流サロンで印刷されたものが配布されていますので、そちらを片手にさらに金沢を巡ってみるのもオススメです。

石川県「金沢文芸館/金沢・五木寛之文庫」のまとめ

泉鏡花文学賞と同時に“泉鏡花記念金沢市民文学賞”も開催され、文化的伝統の継承と向上を図っている金沢市。

また「金沢文芸館/金沢・五木寛之文庫」では、開館1周年を記念して、2006年(平成18年)に、中学生以上〜20歳以下の石川県内に在学・在勤(過去も含む)の方を対象とする“あすなろ青春文学賞”を制定し、若い人達の文芸活動の活性にも取り組んでいます。

受賞作は作品集「金沢創作工房」に掲載され館内で閲覧可能です。「金沢文芸館」で新しい息吹や培われた伝統を読み取ってみてはいかがでしょうか。

入館料は一般の方は100円、高校生以下は無料です。その他、金沢市文化施設「共通観覧券」も使用できますので、詳しくは下部関連MEMOにあります、公式サイトへのリンクより御確認下さい。

以上、歴史的な建築も楽しめる石川県「金沢文芸館/金沢・五木寛之文庫」の御紹介でした。

掲載内容は執筆時点のものです。 2016/04/06 訪問

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