写真:乾口 達司
地図を見る阿弥陀如来を体現した“被仏”が現れるのは、毎年5月5日、岡山県瀬戸内市の弘法寺でいとなまれる「踟供養(ねりくよう)」において。
踟供養とは、奈良時代に実在したと伝わる中将姫の故事にもとづいた来迎会であり、当日は菩薩面や地蔵面をつけて仏に仮装した一団が、娑婆(現世)にいる中将姫を迎えにおもむき、極楽往生を手助けするさまを再現したもの。
中将姫伝説の本場である奈良県葛城市の当麻寺を筆頭に、現在も全国各地で踟供養(「練供養」とも書く)がいとなまれています。
写真:乾口 達司
地図を見る踟供養の一行が境内を練り歩いているあいだ、塔頭の一つである遍明院の本堂で待機しているのが、今回、ご紹介するこちらの被仏。現在は岡山県の文化財に指定されています。
その像高は197.5センチメートルで、13世紀後半の作と考えられています。
写真:乾口 達司
地図を見る足元をご覧いただくと、台座をふくめて、近年に新調されたものであることがわかります。被仏の構造は、頭部から法衣の垂れ下がった膝あたりまでの上体部と裳裾部以下の下部とが分離する「上下二部式像」で、鎌倉時代以降の仏像にしばしば見られる造型。下部および台座に上体部をはめ込む形で屹立していました。
下部と台座が新調されたのは、何らかの理由によって、造られた当時の下部・台座が失われたためですが、被仏が上下二部式の構造を有していなければならなかった理由は、これからご説明することでおわかりいただけるでしょう。
写真:乾口 達司
地図を見る踟供養の一行が極楽浄土に見立てたところで法要をいとなんでいる頃、関係者のみなさんが被仏を台座からはずし、お堂の外へと運び出します。
さあ、いよいよ被仏の出番です。
写真:乾口 達司
地図を見るお堂の外に出された被仏を待っているのは、一人の男性。男性は、皆さんの手を借りて、被仏を頭からすっぽりかぶります。先ほど、こちらの被仏が「上下二部式像」であることをご紹介しましたが、その内部に人がもぐり込むためにも、上部と下部とが分離する構造でなければならなかったわけです。
しかし、礼拝の対象であるはずの仏像を、あろうことか、人がかぶるとは、全国でも稀有のお姿です。
写真:乾口 達司
地図を見る両脇から支えられて立ち上がった被仏のお姿は、こちら。
關信子は『千手山弘法寺踟供養』(千手山弘法寺踟供養推進協議会刊/2005年)のなかで、そのお姿を次のように解説しています。「通常の仏像でも、裳裾から足先までを別材で造る像が十三世紀以降には見られる。これは、構造上、上下二部式の像ということであり、この技法を承けて、“人が像内に入り、自ら歩いて臨場感を盛り上げる等身大以上の阿弥陀像”という極めて特異な像が考案されたと考えられる。鎌倉時代の仏師ならではの発想と言えよう」。
現代では裾から人の足が出ている光景をシュールと感じてしまいがちですが、中世の民衆はそれを決して奇異とは思わず、仏が実際にこの世に出現した光景として、有難く受け止めたわけですね。
写真:乾口 達司
地図を見る被仏の役割は、中将姫をともない、娑婆から極楽浄土に戻ってくる菩薩の一行を出迎えること。その役割から、被仏は、別名「迎え仏」とも呼ばれています。
踟供養の本場である奈良県・当麻寺に残されている阿弥陀如来立像にも、その内部に人のもぐり込んだ痕跡が見られることから、かつては同じような被仏が各地の踟供養に出現したと考えられています。
現在、実際に人が被仏に入り込んでその役割をになっているのは、弘法寺の踟供養においてのみ。そこからも弘法寺の踟供養がいかに貴重な法会であるか、おわかりいただけるでしょう。
写真:乾口 達司
地図を見る一行を出迎えた被仏は、そのまま、一行に混じって整列します。
写真:乾口 達司
地図を見る最後に被仏がはずされ、被仏役の方が姿を現します。これで法会は終了です。
被仏役の方からうかがった話では、内部の閉鎖性から酸欠に近い状態になってしまうそうです。実際、その方が被仏から出てくると、汗びっしょりで息も絶え絶えといった状態。仏像をかぶるというと、何だか楽しそうに思えますが、実際はそんな気軽なものではないのですね。
そのあたりも、ぜひご覧ください。
写真:乾口 達司
地図を見るでは、被仏の内部はどのような構造になっているのでしょうか。写真は被仏の内部を撮影した一枚(※通常は撮影不可)ですが、空洞になった内部に角材が2本わたされているのが、おわかりいただけるでしょう。
被仏役の方は、内部にもぐり込むと、この2本の角材のあいだから首を出し、角材を両肩でかつぐようにして、仏像本体を支えているのです。しかし、角材は被仏の腹部あたりに位置しているため、角材によって内部から支えているといっても不安定さは免れず、両脇を支えてもらわないと、立ち続けるのは難しいとのことです。
写真:乾口 達司
地図を見るもう一点、注目したいのは、被仏の腹部に何やら細長い穴のようなものが開けられていること。この穴、いったい何だと思いますか?実はこれ、人が内部に入った際、外部の様子をうかがうために設けられた覗き穴なのです。
關信子は前掲書のなかで「少しでも視野を広くするために、像内では穴の周囲が銃眼のように斜めに削られており、漏斗状を呈している」と解説していますが、実際、内部に入ると、目の高さがちょうど覗き穴のあたりに位置しており、覗き穴としては充分役立っているとのこと。
被仏ならではの意匠である覗き穴、お見逃しなく!
弘法寺の踟供養に出現する“被仏”がいかに独特な仏像であるか、おわかりいただけたでしょうか。上でも紹介したように、実際に人がかぶる仏像としては全国唯一であるため、この機会に世にも珍しい被仏と踟供養をご拝観ください。
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