記紀ゆかりの奈良「葛城の道」に鴨・葛城一族の痕跡を訪ねる

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記紀ゆかりの奈良「葛城の道」に鴨・葛城一族の痕跡を訪ねる

記紀ゆかりの奈良「葛城の道」に鴨・葛城一族の痕跡を訪ねる

更新日:2016/05/06 09:19

和山 光一のプロフィール写真 和山 光一 ブロガー

神々の時代から数々の史実の舞台になった奈良県御所市には、古代豪族の鴨・葛城氏ゆかりの歴史的に貴重な遺跡や由緒ある寺社仏閣が数多く残っています。金剛・葛城連山の山裾を南北に走る「葛城古道」は、そうした数々の遺跡や社寺を訪ねる神話と歴史の舞台となったロマンあふれる全長13KMの道です。豪族たちが行き来した葛城の道には、金剛山から吹き下ろす古代の風が通っています。その名も「風の森」から旅が始まります。

古代鴨族発祥の地をゆく「高鴨神社」

古代鴨族発祥の地をゆく「高鴨神社」

写真:和山 光一

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近鉄御所駅からバスに乗り、風の森バス停で下車し、神話の里ののどかな田園地帯を行く「葛城古道」の始まりです。この道は司馬遼太郎の著書「街道をゆく」第1巻にも取り上げられていますよ。

葛城古道の南の出発点となる「風の森」から少し上がったところに鎮座するのが「高鴨神社」で、古代の名門豪族・鴨一族の発祥地であり守護神として祀った社の一つです。京都の上賀茂・下鴨両社をはじめ、広く全国に分布する加茂社の総社にあたるとされ、境内はうっそうとした老杉に囲まれ、時を忘れるほどの静けさです。日本神話によると、鴨氏の祖は、八咫鳥に化身して神武天皇を道案内した賀茂建角身命なのだそうです。

ちなみに拝殿右側横の石垣には燈籠が埋め込まれているとのことで目を皿のようにして探してみてください。

豪族葛城氏の祖神を祀る「高天彦(たかまひこ)神社」

豪族葛城氏の祖神を祀る「高天彦(たかまひこ)神社」

写真:和山 光一

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高鴨神社から金剛山中腹へ続く急坂を上りつめること徒歩約30分で「高天」に至ります。神話の「高天原」といえば宮崎県高千穂と比定されていますが、大和の地にも神々のふるさとが存在します。葛城古道の中でも標高の高い高天原のこの伝承の地に鎮座する「高天彦神社」は、鬱蒼と茂った杉の大木が両側に並んだ参道の奥、厳かな雰囲気の中に社殿をひっそりと構え、今も伝説の地にふさわしい神さびた風情を周囲に漂わせています。

延喜式では最高の社格とされる名神大社に列せられ、祭神は高天原に最初に出現した神の一柱であり、神話の中で出雲へ国譲りのための使者を命令した高皇産霊尊、別名高天彦神です。大和朝廷に先行して葛城王朝を築いた葛城一族の祖神で、社殿後方の美しい円錐型の山、白雲峯(694m)、別名高天山をご神体としています。

神話の里で長谷寺式の十一面観音像を拝する

神話の里で長谷寺式の十一面観音像を拝する

写真:和山 光一

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高天をあとに葛城古道めぐりを続けること10分程、古くからの聖なる山・金剛山中腹に「史跡 高天原」の石碑が立っています。周囲が水田地帯一帯の高原台地で、人里とも街道とも隔離された状況が高天原伝承地にふさわしい風情をかもしています。遠く大台大峰連山を臨み、その昔役行者が大峰山へ橋を架けようとしたという展望名所でもあり、正に別天地です。

金剛山の中腹、高天原を過ぎたあたりに堂宇を構える「橋本院」。観光寺院とは異なり、参拝者もそれほど多くなく、美しい田園風景の中に溶け込むかのように静かに佇んでいます。奈良時代に僧行基が開いた高天寺が、南北朝の争いの中で兵火に焼け落ちた際に持ち出された十一面観世音菩薩立像を本尊としています。そのときにすぐ傍の池に橋があったことから、現在の「橋本院」という名になったとのことです。

十一面観世音菩薩立像は、右手に錫杖、左手に水瓶を持つ長谷寺式の木彫・5.4Mの巨像で、近郷の信仰を集めています。

レトロな街並みを楽しんで「いちごんさん」へ

レトロな街並みを楽しんで「いちごんさん」へ

写真:和山 光一

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橋本院を出てさらに約50分歩くと、やがて道は名柄の集落至ります。旧高野街道と水越街道が交差する名柄は、江戸時代には宿場町として栄えました。作家の堺屋太一さんの実家もあり、大正時代築の瀟洒な旧名柄郵便局舎は氏の尽力でカフェも併設した郵便資料館に生まれ変わり、道ゆく人々に憩いの場を提供しています。

集落を抜けて程なく司馬遼太郎が絶賛した参道を歩き、「葛城一言主神社」に向かいます。古事記によれば、雄略天皇が葛城山で猟をした際に現れ、「吾は善事も悪事も一言で言い放つ神である」と語ったと伝えられる一言主大神を祀ります。願い事を一言だけ聞いてくださる神様として、地元では「いちごんさん」と親しまれています。また日本霊異記では、役行者に葛城山と吉野金峰山を結ぶ岩橋づくりを命じられながら顔が醜かったので夜しか働かず、完成しなかったという逸話が残されています。

拝殿前には推定1200年の高さ約20M、県下最大の銀杏の御神木「乳銀杏」があり、乳房が垂れたような気根が圧巻です。

平和と安寧への祈りが込められた九品寺の千体石仏

平和と安寧への祈りが込められた九品寺の千体石仏

写真:和山 光一

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一言主神社の古木に別れを告げ高台のあぜ道を行きます。この辺りからは奈良盆地全体を見渡すことができ、鴨氏や葛城氏が活躍した遥かな昔、そして神話の世界のロマンに浸れます。葛城氏が本拠を置いたという第二代緩靖天皇の皇居である葛城高丘宮跡を過ぎると千体石仏で名高い「九品寺」が見えてきます。

葛城連山の北の峰をなす葛城山の東麓に立ち、奈良時代の僧、行基による開基と伝わる古刹。本堂の裏山には、1800体とも言われるおびただしい数の石仏が整然とお祀りされています。この「千体石仏」と呼ばれる石仏群は南北朝期の内乱の際に出陣した武士たちの身代わりとして奉納されたもので、そのことから身代わり石仏とも呼ばれています。

九品寺から先、歩くこと約20分、集落に入れば葛城古道の終着点「六地蔵」に出会います。道の中央にある自然石の表面に、村人が極楽浄土を願って彫った6体の地蔵に手を合わせて、旅の無事を感謝しましょう。

奈良県御所市は歴史と神話の里

「葛城古道」の行き帰りにバスを利用しますが、時間と体力に余裕があれば是非寄っていただきたい鴨・葛城一族ゆかりの神社があります。御所駅前を通る国道24号線を南に行ったところにちょっとした森を見つけたらそれが「鴨都波神社」です。古代豪族鴨氏の氏神社として、崇神天皇のころに祀られたとされていて、高鴨神社の上鴨社に対して、下鴨社とも呼ばれています。

また帰路、櫛羅バス停近くにある「鴨山口神社」の社名・山口とは“山の登り口”を意味します。「延喜式神名帳」には山口社は十四社[夜支布(柳生)・伊古麻(生駒)・巨勢・鴨・当麻・大坂・吉野・都祁・長谷・飛鳥・畝火・石村(磐余)・耳成・忍坂]がありますが、その内、鴨山口神社が本社であるとされていて、格式の高い神社なのです。

日本の原風景のような場所に古代人がいきなり現れても不思議でないそんな歴史ロマン息づく里を歩いてみてください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2014/07/12 訪問

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