写真:ミセス 和子
地図を見る国道235号線を南に進むと、新冠町の入り口左手に壁画が目に止まります。壁画は縦30メートル、横40メートルの大壁画で、この壁画は新冠を訪れる方へのお出迎えとお見送りの気持ちと、サラブレットの故郷新冠町をアピールするものです。
壁画は平成2年に設置されましたが、平成16年3月に写真の壁画がリニューアルされました。民間からデザインを募集して、黒、茶、白の三頭のサラブレットが青い空と緑の大地を走っています。巨大な壁画1枚で、新冠町が表現され、町興しに繋がっていますよ。
写真:ミセス 和子
地図を見る国道235号線をさらに南下すると「新冠泥火山」があります。この泥火山は新冠町に存在する丘陵郡で、火山活動に伴い形成された地形ではなく、地震等が原因で地表にガスや泥水、泥塊が噴出するものです。
この泥火山は「北海道天然記念物」に指定されていますが、牧場内の私有地である為間近で見る事は出来ません。遠くから鑑賞する事のみ可能ですよ。
写真:ミセス 和子
地図を見るさらに南へと進むと、新冠町レコード館の敷地内に、昭和の怪物と呼ばれ競馬に興味を持たない人にまで、人気が浸透していた「ハイセイコー」の実物大の像があります。
ハイセイコーは1970年、父チャイナロック、母ハイユウとして新冠町武田牧場で生まれました。1972年7月、大井競馬場でデビュー、同年11月には重賞の青雲賞優勝を含む6連勝を達成し、翌1973年には中央競馬へ移籍し、移籍後も連勝を続け、第1次競馬ブームと呼ばれる競馬ブームの立役者となりました。1984年には、競馬の大衆人気化への大きな貢献が評価され「顕彰馬」に選出されています。
競走馬を引退した後は種牡馬となり、カツラハイセイコーをはじめ3頭の八大競走及びG1優勝馬、19頭の重賞優勝馬を送り出しました。1997年に種牡馬を引退後は、北海道の明和牧場で余生を送り、2000年5月4日に同牧場で死亡しています。新冠町にはハイセイコーのお墓もあり、観光名所にもなっています。
写真:ミセス 和子
地図を見る新冠町の放牧場は、北海道ならではの広大な敷地で馬を飼育しています。丘の上の「サラブレット銀座駐車場公園」からは、放牧場が一望できるのでドライブの小休憩に、また写真撮影に立ち寄る事をお勧めします。
緑が目にしみいる春は、風景が美しく遠くからも、馬の親子を鑑賞する事ができます。またサラブレット銀座駐車公園の向かいには、泥火山もありますよ。
写真:ミセス 和子
地図を見る牧場の放牧場は驚くほど広く、周囲に柵が張りめぐり、少数の馬が大切に飼育されています。特に春には産まれて間も無い仔馬が母馬と一時も離れず、放牧されている風景を楽しむ事ができます。
緑の大地に美しい姿のサラブレットが放牧されている風景は素晴らしく、癒されますよ。車を止めてゆっくり眺めてみましょう。
サラブレットの故郷新冠町はいかがでしたか?新冠町ではオグリキャップを記念した「優駿記念館」や「ハイセイコーのお墓」などの観光名所もありますので、是非お立ち寄りください。
新冠町のドライブコースは時間や目的に合わせた、お勧めコースがありますので、MEMOを参照してみて下さい。
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(2024/3/19更新)
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