「沼津市若山牧水記念館」歌人・若山牧水の愛した“千本松原”に建つ

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「沼津市若山牧水記念館」歌人・若山牧水の愛した“千本松原”に建つ

「沼津市若山牧水記念館」歌人・若山牧水の愛した“千本松原”に建つ

更新日:2017/11/30 11:11

KISHI Satoruのプロフィール写真 KISHI Satoru 岬の狩人、伝記研究者、旅するパンクス

生涯に作った歌は約8800首、歌集は15巻。日本各地を旅して、その風景を詠んだ歌人・若山牧水の歌碑は全国に300以上にも及び、その歌は現在もなお広く愛唱されています。

静岡県「沼津市若山牧水記念館」は直筆原稿や書簡を始め、詳細な資料が豊富に展示された記念館。素晴らしい景観を望める“千本松原”の一角にあり、絶景好き、旅好き、文学好きな方にオススメの場所、「沼津市若山牧水記念館」を御紹介致します。

静岡県「沼津市若山牧水記念館」の概要とアクセス

静岡県「沼津市若山牧水記念館」の概要とアクセス

写真:KISHI Satoru

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旅と酒、そして沼津の“千本松原”を愛した歌人・若山牧水(わかやま ぼくすい、1885年〜1928年)の原稿や書簡等、ゆかりの品々が展示されている「沼津市若山牧水記念館」。牧水、本名・若山繁(しげる)は、宮崎県にて生まれ育ちましたが、後に風光明媚な沼津に魅せられ家族で移住した経緯があります。

沼津駅前から沼津港行の東海バスに乗車して約8分、“牧水記念館”のバス停で下車すれば簡単にアクセス可能です。またサイクリングを楽しみながら向かいたい方には、無料の自転車貸出サービスもあります。沼津駅周辺宿泊施設などにはレンタサイクルが設置され、宿泊者以外の方も無料で利用出来るようになっているのでオススメです。

宮崎県生まれの歌人・若山牧水と静岡県沼津の関係

宮崎県生まれの歌人・若山牧水と静岡県沼津の関係

写真:KISHI Satoru

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歌人・若山牧水は、1885年(明治18年)に宮崎県の東臼杵郡(ひがしうすきぐん)東郷町、現在の日向市に生まれます。延岡中学校を卒業後、早稲田大学に入学し、在学中から活躍。旅と酒を愛し、全国各地で歌を読みました。

1920年(大正9年)、沼津の風土、特に千本松原の景観に魅せられて、家族と共に移住。1928年(昭和3年)に亡くなるまで、この地で過ごしたのです。

千本松原の一角にある「沼津市若山牧水記念館」は、没後60年の1987年(昭和62年)に開館。若山牧水ファンが全国から訪れる場所となっています。エントランスを抜けると右手側にラウンジが広がり、その隣が展示室。若山牧水の軌跡を時代ごとに辿った展示を早速、観てみましょう。

展示品には、直筆原稿や学生時代の成績表も

展示品には、直筆原稿や学生時代の成績表も

写真:KISHI Satoru

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直筆原稿、日記、書簡、作歌ノートなど、若山牧水ゆかりの品々が豊富な写真や地図と共に紹介された展示室。「大学時代と東京生活」では早稲田大学の学業成績証明書、「沼津移住」「牧水と千本松原」では知人に送った書簡などが展示され、若山牧水の人柄や生活を身近に感じられます。

注目のポイントは、何度も何度も推敲が重ねられた原稿。“自己即詩歌”を信念とする若山牧水の情熱に目を見張ることでしょう。その他、「詩歌時代」、「牧水と酒」、「牧水と旅」等では、牧水の長男で歌人の若山旅人(たびと、1913年〜1998年)を始め多くの方の協力によって収集された詳細な資料が入っているので、じっくりと楽しんでみて下さい。

復元・若山牧水の書斎

復元・若山牧水の書斎

写真:KISHI Satoru

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沼津へ移住した当初は、香貫山(かぬきやま)の西の麓に住んでいましたが、後に千本松原の近くに約500坪の土地を購入。1925年(大正14年)に住宅兼事務所を新築し、より海岸に近い土地へと移り住みます。

朝づく日昇りさだまり澄みぬれば障子に竹の影深くなりぬ

若山牧水は、夜21時頃に“酒を主とした”夕食を終えて眠りにつき、早朝4時頃には起床して、書斎にこもるのが日常のサイクルでした。書斎は家の東端にあり、家族の誰よりも早く朝の陽光を身に浴びていたのです。その様子が詠まれたのが歌集「黒松」にも収められた上述の歌です。

「書斎の復元」コーナーでは、若山牧水が愛用した硯(すずり)や落款印(らっかんいん)などが展示され、当時の書斎の雰囲気を再現させています。

少女時代から詩歌に親しんだ妻・喜志子

少女時代から詩歌に親しんだ妻・喜志子

写真:KISHI Satoru

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若山喜志子(きしこ、1888年〜1968年)、旧姓・太田喜志子は、長野県東筑摩郡広丘村、現在の塩尻市に生まれます。同じ村から歌人・国文学者の太田水穂(おおた みずほ、1876年〜1955年)、隣の村からは歌人・窪田空穂(くぼた うつぼ、1877年〜1967年)が出ているといった土地柄で育ちます。

さらに広丘小学校の校長には、長野県諏訪郡生まれの歌人・島木赤彦(しまき あかひこ、1876年〜1926年)が赴任していたという少女時代から詩歌に親しんでいました。

1912年(明治45年)に前年の夏に知り合った若山牧水と結婚し、安定した収入の無かった夫を支え続けたのです。牧水の妻・喜志子を始め、父母の写真など豊富に展示されています。

静岡県「沼津市若山牧水記念館」のまとめ

またノーベル文学賞作家・川端康成(かわばた やすなり、1899年〜1972年)や窪田空穂といった錚々たる文人が若山牧水について著した直筆原稿も展示されています。非常に注目のポイントなので、お見逃し無く。

同じく沼津にある千本山「乗運寺」には、若山牧水、妻・喜志子、長男・旅人と共に眠る墓があります。墓前の左右には、牧水と喜志子の歌が詠まれた歌碑もあるので、併せてお参りするのがオススメです。

以上、千本松原の一角にあり、その生涯と作品を詳細な資料で辿る事が出来る静岡県「沼津市若山牧水記念館」の御紹介でした。

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/12/17 訪問

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