写真:沢木 慎太郎
地図を見る富士山麓には河口湖オルゴールの森美術館や富士サファリパーク、富士急ハイランドといった多くの観光スポットがありますが、富士山の五合目もかなりオススメ。
ユネスコの世界文化遺産に登録されたこともあって、山頂への登山が許されている夏場はたいへん混雑する富士山五合目ですが、初夏や秋の季節には人影もまばらで、実は静かな時間を過ごすことができます。
とくに観光を終えた人たちが帰ってゆく秋の夕暮れ時は最高。カップルで訪れたなら、見渡す限りの荒涼とした大地で、二人きりで過ごせますよ。
写真は山中湖から眺める初冬の富士山ですが、富士の初雪はおおむね9月ごろ。10月くらいまでなら、あまり雪の影響を受けずに富士五合目を散策することができると思います。
富士山五合目へと向かうにはクルマが便利。山梨県側の有料道路「富士スバルライン」(普通自動車・往復2000円)と、静岡県側の富士山スカイラインといった道路があります。「富士スバルライン」は1年を通して通行できますが、夏場は通行規制がありますし、天候によっては通行止めとなったりすることもあるので、事前に調べておくと良いでしょう。
五合目へと向かうスカイラインは森林の中を縫うように登り、五合目に近づくにつれて高い木がだんだんと姿を消し、視界が開けて山頂が見えます。五合目以上は高山帯で、高い木が育つことができません。そのため、“森林限界”と呼ばれています。
写真:沢木 慎太郎
地図を見る富士山の五合目の高さは、標高約2400メートル。この日は台風の影響で雨が降っていましたが、この場所は雨雲を突きぬけるほど高く、地上では見られなかった夕暮れを眺めることもできます。
五合目に到着し、駐車場にクルマを止めて登山道へ。写真の背後に見えるのが山頂ですが、いつもと見なれた富士山の姿とはあまりにも違うので驚かされます。
また、地上との温度差にも、たいへんびっくり。ほんのさっきまで30度近くだった気温が、この五合目では日没直前ということもあって、気温は7、8度。まるで冷蔵庫にでも入っているような涼しさ。
夏から秋を飛び越えて、一気に冬へ。人里を離れて、ごつごつとした岩が広がる死後のような世界へ。非日常の空間が広がり、現実感が失われます。
この日は暑かったので、ご覧の通り、半袖という軽装。最初は冷たくて気持よかったのですが、次第に肌寒くなってきます。
五合目を散策するのであれば防寒対策が必要。
雨が降った後は木の根っこや石が滑りやすくなるのでご注意を。
晴れていても急に雨が降ったりすることもあるので雨具は必需品です。
また、地上と比べて空気が薄いので、頭痛や吐き気、めまいなどの高山病を引き起こしやすくなります。急な運動は控えるようにしましょう。
写真:沢木 慎太郎
地図を見るさきほどよりも時間が経過し、ご覧の通り、富士山頂に夕日が当たり、薄紅色に染まっています。富士山は高いので、沈みゆく夕日の光を最後に受け止める場所。その光はほんの一瞬の出来事で、まるで短く咲いて散る花のようです。
平安時代の文人で、都良香(みやこのよしか)は著書の『富士山記』で、「山頂で白衣の美女二人が舞う姿を見た」と記しましたが、今目の前に差し込む淡い夕暮れの光の中に、美しく舞い踊る女神の姿が見える気がします。
富士山頂に舞う女神たちのことを“浅間大神”と名づけ、これが後に日本神話に登場する女神、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)と同じとされるようになりました。
木花咲耶姫は、桜の花のように美しい女性で、水の神さま。このため、富士の噴火を鎮める力を持っているのです。
また、「守護神」や「安産の神」、「子育ての神」としても崇められています。富士の美しさは、日本女性の美しさに通じるものがあり、命をはぐくむ神として信仰されてきたのでしょう。
富士山は長く遥拝の対象として神聖化されてきました。しかし、一方で噴火で災害をもたらす恐ろしい山。9世紀の平安時代には、富士山麓に噴火を鎮めるため、浅間大神(あさまのおおかみ)を祀る「浅間(せんげん)神社」が建てられました。
写真:沢木 慎太郎
地図を見る山頂を照らしていた夕日の光はやがて薄れゆき、あたり一面に薄青い靄が漂い始めます。五合目付近では、富士山の代表的な高山植物であるオンタデの群落を岩場に見ることができます。日が沈むと、写真のようにオンタデの葉についた露が小さくきらめき、あたりは神聖な雰囲気に。命をつなぐことができるぎりぎりの世界で、けなげに生きているオンタデの姿は美しく、感慨深いものがあります。
荒涼とした岩石だらけの世界に宿る命の美しさと儚さ。ここは、生と死の境目である森林限界。植物が育たない荒涼とした岩石だらけの世界は死を彷彿させます。
富士の頂に夕日があたり、一瞬だけ光り輝きましたが、生きている時間も同じようなものかもしれません。五合目は、生きながらにして死の領域に触れることができる聖域。
昔の人たちも同じことを思ったのでしょう。
古の日本人は、五合目を天地の境目と考えていたようで、ここを海岸の浜に見立てて、“オハマ(御浜)”と称していました。
森林限界よりも下に広がる草木が茂った地帯は、俗界を表す『草山(くさやま)』や『木山(きやま)』といった呼び方。
限界を越える岩石の地帯は、天界を意味する『焼山(やけやま)』と呼ばれ、神仏の世界と同時に死の世界と信じられていました。
富士山への登山には、森林限界を越えて生から死の世界へ、そして死から再び生の世界に入り、この世の罪と穢れを消すという意味があるのです。
生死の境目は、風景が多様で綺麗な場所。カラマツなどの針葉樹の森を歩いているかと思えば、森林を抜けて溶岩と砂礫(されき)だらけの荒れた大地が広がっていたり、さらには夏には白くて可憐なシャクナゲの花が咲いていたり、木の根っこが地表に這いつくばっていたりと、植生や風景の変化に富んだところ。“御浜”と呼ばれるのがわかる気がします。まるで浜辺に座って砂浜に打ち寄せる波を見ているように、ずっと眺めていても飽きることがありません。
写真:沢木 慎太郎
地図を見る夕暮れの光とともに、罪と穢れが消えたなら、富士が眠りにつく前に帰ることにしましょう。
駐車場に戻ると、どこまでも遥かに連なりゆく雲海が。残照が空の一角をひっそりと紅く染めています。暮れてゆく空の果てを、いつまでも眺め続けます。
そこは蓮の花が重なりあうような幻想的で静かな世界。浄土の世界とは、こんな場所なのかもしれません。
いつの時代も、人は苦しみや悩みを抱えながら生き、生きながらにして死を見つめ、女神や仏を感じることで、心を清らかにして再び俗世界へと帰って行ったのでしょう。
死を意識する時、人は清らかで無垢な優しさにあふれるのかもしれません。そんな無の境地の象徴が天女なのでしょう。
富士山は、天女が舞い降り、天界へと帰ってゆくところ。“生”と“死”を感じる神聖な地。目に見えない水流のようなものが流れ、その透き通った流れは、自分を新たな方向へと導いてくれるパワーを秘めています。
霊峰富士は美しい自然が満ちているだけでなく、生の意味を問いかけているところ。生と死の境界線で、美しく舞い踊る天女の姿を感じてみてはいかがでしょう。
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(2024/10/5更新)
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