南極の石が佇み、自由の鐘が鳴る!世界のモノが集まる東京「日比谷公園」

| 東京都

| 旅の専門家がお届けするオリジナル旅行ガイドメディア

南極の石が佇み、自由の鐘が鳴る!世界のモノが集まる東京「日比谷公園」

南極の石が佇み、自由の鐘が鳴る!世界のモノが集まる東京「日比谷公園」

更新日:2016/05/10 09:09

浅井 みらののプロフィール写真 浅井 みらの 総合旅行業務取扱管理者、総合旅程管理主任者、通訳案内士(英語)、世界遺産検定2級

東京のど真ん中に位置する「日比谷公園」。高層ビルが立ち並ぶ傍ら、十分に手入れをされた四季折々の花々や樹木が生い茂り、サラリーマン、家族連れ、観光客など多くの方々が訪れる癒しスポットです。東京ドーム3個以上の広大な敷地に広がるのは自然ばかりとは限りません。公園の至るところに置かれた彫刻や記念物、その一つ一つにストーリーがあり、どれも興味深いものばかり。今回は数多い中からお勧めの5つをご紹介します。

さりげなく置かれている「南極の石」

さりげなく置かれている「南極の石」

写真:浅井 みらの

地図を見る

そこらへんの石と変わりなく、道の傍に置かれている「南極の石」。そのさり気なさは、隣の案内板がなければ容易に通り過ぎてしまうほど。重さ約150kgの片麻岩(へんまがん)は、触るとずっしりとした重量感。なんと、こちらは南極にある昭和基地から約4km、東オングル島の慎太郎山で観測隊が採取したものです。

昭和41(1966)年4月に設置された南極の石。この石が無事持ち帰られるまで、日本の南極探査は難航続きでした。南極の自然環境が過酷なため、昭和37(1962)年に昭和基地は完全閉鎖。やっと再開されたのが昭和41年、日本初の本格的な極地用砕氷艦「ふじ」と共に。この石は無事越冬できた観測隊が持ち帰ったお土産ということになります。こういった時代背景を知ると、より置かれた石の重みが感じられますね。

自由を知らせるため鐘が鳴く「自由の鐘」

自由を知らせるため鐘が鳴く「自由の鐘」

写真:浅井 みらの

地図を見る

昭和27(1952)年4月、アメリカ合衆国の連合軍総司令官リッジウェイ大将より贈られた「自由の鐘」。オリジナルの自由の鐘はアメリカ合衆国ペンシルバニア州フィラデルフィアにあります。イギリスとの独立戦争の際、アメリカの独立宣言を朗読するために使用されたことから、独立や自由を意味する象徴として親しまれてきました。

鐘には“すべての国とその住民に自由を告げる”と刻まれ、毎日正午になると公園いったいに鐘の音が響きます。この鐘が贈られた同年にサンフランシスコ平和条約が発効し、日本国民の主権が認められました。占領下から自由を得た日本の新しい幕開けを象徴する鐘ともいえそうですね。

公園の豊かな自然とマッチする「ルーパ・ロマーナ像」

公園の豊かな自然とマッチする「ルーパ・ロマーナ像」

写真:浅井 みらの

地図を見る

続いてはイタリア・ローマからの贈り物です。牝狼と幼児2人の像を表す「ルーパ・ロマーナ像」は、ローマ統一を果たしたロムルス・レムス兄弟の伝説に基づいています。オリジナルはローマにあり、オオカミ部分は11〜12世紀に造られた長い歴史を持ちます。1960年のローマオリンピックでポスターやエンブレムに起用されるほど、ローマの象徴として今でも愛されているのです。

日本に贈られたのは昭和13(1938)年。日独伊三国軍事同盟締結を控えての出来事でした。今まで疎遠だったイタリアと日本の関係が変わりつつある、そんな予兆が感じられる作品ですね。その後、東京とローマの関係は1996年に姉妹都市となります。2001年には5周年を記念し、新しいルーパ・ロマーナ像が贈られました。新しい像は現在、調布市にある味の素スタジアムに設置されていますので、訪れた際は見つけてみてくださいね。

本物の「石貨」までも触れちゃう!

本物の「石貨」までも触れちゃう!

写真:浅井 みらの

地図を見る

直径約1m〜1.35mもある大きな石灰岩。真ん中には穴が綺麗に空けられてますね。「石貨」といわれ、貨幣の代わりとして実際にミクロネシア連邦ヤップ島で使われたものです。使われた石貨の大きさは、直径60p〜3mなど大きさはさまざま。表面の滑らかさ、形の大きさや良し悪しなどで価値が決まり、日比谷公園に置かれているものは大正時代に1,000円ほどの価値があったといわれています。

石貨が日比谷公園に贈られたのは大正14(1925)年。日本が統治していた時代です。驚くことに、石貨の原料である石灰岩はヤップ島で産出できず、500km離れたパラオから運ばれてやってきたのです。遠い海を越え、ヤップ島を経て、やっと日本に運ばれた石貨。大変貴重あるもので、現在も持ち出し禁止として公園に置かれています。

見ると微笑ましい「埴輪(はにわ)」

見ると微笑ましい「埴輪(はにわ)」

写真:浅井 みらの

地図を見る

最後は国内からの贈り物をご紹介します。昭和40(1965)年8月、姉妹公園となったことを記念して宮崎県立平和台公園から贈られた「埴輪」。宮崎県は特別史跡の西都原(さいとばる)古墳群をはじめ、多くの古墳が見つかった地域です。平和台公園にも約400体の埴輪が置かれた、はにわ園があるほど。正装した男女の埴輪が1体ずつ、愛くるしい表情が可愛いですね。

由来を見つけるのが面白い日比谷公園散策

なぜ日比谷公園に、このタイミングで贈られたのか。その時代背景や関係性など考えると、そのモニュメントの持つ意味が見え、より面白みが増してきますよ。日比谷公園に設置された記念物は約20個ほど。公園の隅々にあり、なかなか見つけるのが難しく、まるで宝探しをしているような感覚になります。モニュメントを探しつつ、そこに隠されたストーリーも一緒に探してみるのはいかがでしょうか。

掲載内容は執筆時点のものです。 2016/04/19 訪問

- PR -

条件を指定して検索

トラベルjp<たびねす>

トップページへ戻る

トラベルjpで一緒に働きませんか? 旅行ガイド編集部では運用サポートスタッフを募集中です!

- PR -

旅行ナビゲーター(在宅ライター)募集中!
この記事に関するお問い合わせ