木曽屈指の宿場町から鳥居峠越え!中山道奈良井宿〜薮原宿を歩く

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木曽屈指の宿場町から鳥居峠越え!中山道奈良井宿〜薮原宿を歩く

木曽屈指の宿場町から鳥居峠越え!中山道奈良井宿〜薮原宿を歩く

更新日:2016/09/06 09:56

和山 光一のプロフィール写真 和山 光一 ブロガー

木曽山脈と飛騨山脈の間を木曽川が刻む深い渓谷の間を縫うように走る一本の道筋。それが江戸から京に入るまで69宿を数える中山道のうち、木曽11宿を辿る道のりの木曽路です。奈良井宿と薮原宿を結ぶ約6Kmの鳥居峠越えの山道は、江戸の旅人にとって中山道屈指の難所でしたが、今は山深いゆえに江戸時代の空気をそこここに残す趣き豊かなハイキングコースです。往時の旅人に思いを馳せ、石畳の道の感触を楽しんでみませんか。

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奈良井宿の玄関口「木曽の大橋」

奈良井宿の玄関口「木曽の大橋」

写真:和山 光一

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国道19号(木曽街道)側と奈良井駅側を跨ぎ、ふれあい広場の東側、奈良井川に架けられている太鼓型の大橋が「木曽の大橋」です。錦帯橋を模した樹齢三百年以上の総木曽檜造りで、橋脚のない橋として日本有数の大きさを誇り、複雑で芸術的な橋の下部裏側の木組からは匠の技を垣間見ることができる奈良井宿の名所のひとつです。

奈良井宿は、木曽路で北から2番目の宿場町。奈良井ができたのは鎌倉時代の初め頃であると言われ、慶長7年、徳川家康により中山道六十九次の宿場が定められると、奈良井川のほとりに佇む奈良井宿もそのひとつとなりました。中山道の難所といわれた鳥居峠を望む宿場町で、峠越えを控えた多くの旅人がわらじの紐を解いたため、木曽路最大の繁栄を誇り、「奈良井千軒」といわれるほど発展しました。

国の重要伝統的建造物群保存地区・奈良井千軒「奈良井宿」

国の重要伝統的建造物群保存地区・奈良井千軒「奈良井宿」

写真:和山 光一

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JR奈良井駅から南へ進むと間もなく江戸の昔町に迷い込んだような錯覚に陥ります。宿場町に入ると気になるのが軒を連ねる町屋のカタチ。白漆喰の塗り壁に檜皮色の千本格子、家の二階部分が一階よりもせり出した木曽の宿場、特に奈良井宿で顕著な「出梁造り」と呼ばれる建築様式が通りを両側からトンネルのように覆います。

家々の軒下には威風堂々と刻まれた屋号と旅籠行燈、二階の軒下に張り出した「袖うだつ」と呼ばれる防火壁はその名の通り着物の振袖のようです。一階の軒先に影を作る小屋根は、板を波状に重ねた様子が鎧に似ていることからその名も「鎧庇」。その鎧庇の押さえ木は、猿の頭が重なっているように見えることから「猿頭」と呼ばれています。宿場独特の建築様式に興味が湧いてきます。

国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている街並みは、山深い宿場ならではの素朴な面影をとどめています。南から上町・中町・下町の3地区に分かれ、中程には「鍵の手」がある典型的な宿場町の形態を残しています。宿の北に八幡神社、南に鎮神社があり、さらに西に5つの寺院が並んでいます。特に鍵の手から鎮神社の200mには大掛かりなセットが組まれ、平成23年度連続テレビ小説「おひさま」の撮影地として使われました。

歴史のたたずまいと美しい自然景観・中山道「鳥居峠」

歴史のたたずまいと美しい自然景観・中山道「鳥居峠」

写真:和山 光一

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奈良井宿の鎮守である鎮神社の先の峠古道へ繋がる石段を上り、小道から車道に出て進むと「中山道」の碑があり、そこから石畳が始まります。

江戸の旅人にとって、木曽街道奈良井宿と薮原宿を隔てる標高1197Mの「鳥居峠」は、深い山を分け入って進む、わらじ履きの足を泣かせる中山道屈指の難所でした。頂上から西に御嶽山、南に木曽駒ケ岳を望むことができ、古道の途中の道端には松尾芭蕉をはじめとする俳人・歌人の句碑や石仏が数多く立っています。戦国時代には木曽氏・武田氏の戦場となり、江戸末期には皇女和宮が降嫁の旅で通過した歴史の峠です。木曽義元が御嶽山に戦勝祈願のため、峠に鳥居を建てて以来、「鳥居峠」と呼ばれるようになりました。

往時から400年の時を経て、緑が一層の深さを増した今、復元して敷き詰められた鳥居峠の石畳の道を歩けば江戸時代の旅人気分が味わえます。

優しい木の文化が息づくお六櫛の里「薮原宿」

優しい木の文化が息づくお六櫛の里「薮原宿」

写真:和山 光一

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鳥居峠を越えてきた所が、木曽十一宿中最も賑わったと伝えられる薮原宿です。中山道と野麦・飛騨への道を分ける「追分」でもあった宿場の規模は馬籠、妻籠をしのいで南北五町(約550M)に亘ったといわれます。鳥居峠を越えてたどり着いた者は安堵のうちに疲れを癒し、峠を目指す者は難所越えのために鋭気を養う、穏やかな中にも活気ただよう宿場でした。

数回にわたる火災で往時の面影をそのまま今に残すのは、老舗や旅館など限られた建物ばかりと薄れたものの、さまざまな店が軒を並べる街道筋にかつての活気が偲ばれます。宿場の各所で目に付くのが“お六櫛”の文字。ここはお六さんの頭痛を治したと伝わる“お六櫛の里”として遠く江戸や京にも知られ、その伝統技術を受け継ぐ櫛製造販売店が昔のように軒を連ねています。

お六櫛というのは、細かく精密な歯を持つ、手作りの梳き櫛の総称です。天然木(ミネバリ)を丁寧に挽いて作った櫛は、やさしい梳き心地と自然の油分で、艶のある美しい髪を創り出す貴重な化粧道具。緑の黒髪を命ほどに大切にした昔の女性にとって、薮原宿の“お六櫛”は、ぜひ手に入れてみたい、あこがれの品だったのです。

往時の面影を偲ばせる建物でいただく蕎麦屋「おぎのや」

往時の面影を偲ばせる建物でいただく蕎麦屋「おぎのや」

写真:和山 光一

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屈指の難所、鳥居峠をようよう越えて「薮原宿」にわらじをぬいだ旅人の安堵を想いつつ、そば屋の門をくぐります。白漆喰の塗り壁に檜皮色の千本格子、「出梁造り」に「袖うだつ」と宿場独特の建築様式を残した古い旅籠を改装した店構えに風格があります。

お店の中も中央にいろりがあり、高い天井には明かり取り、階段箪笥も残っていて江戸時代の旅人が寛いだ空間を感じます。さりげなく師匠のダルマこと高橋邦弘氏の写真や本が飾られており“翁達磨グループ”のおそば屋さんなのですが、珍しく翁の名前を使っておられません。いろりの前に座り蕎麦をいただくのですが、基本的に蕎麦ももり汁も翁の蕎麦らしく、二八のすっきりとした綺麗で素直な細切りにカツオ風味のもり汁が絡み素直に喉を通っていきます。最後にゆずシャーベットがサービスでいただけ至福の時間が過ごせます。

気分はすっかり江戸の旅人「鳥居峠」のウォーキング

木曽川に沿って険しい峠を越え、深い谷を抜け、崖を渡り、川の底を縫うようにして伸びる木曽路は、かつてこの道を伊勢詣や善光寺参りの旅人が行き交い、参勤交代の大名行列、そして俳人松尾芭蕉、正岡子規が季節をうたいながら通り抜けていきました。

東海道が多くの大河を越えて海沿いを歩く道なら、中山道は一里塚をたよりに宿から宿へ、村から町へとたどる街道です。江戸時代の佇まいを残す木曽十一宿の道筋を歩けば、遠い時代の旅籠の活気ある声や安堵の灯火、宿での優しい笑みが思い浮かべられます。

今回紹介した木曽街道の薮原宿と奈良井宿を結ぶ約6Kmの山道を歩く「中山道鳥居峠越えコース」は、JR奈良井駅をスタートしてJR薮原駅までの約3時間のコースです。薮原駅到着後は列車で奈良井駅に戻るのですが中央本線の列車の本数が少ないので時刻表をよく調べて計画をたてましょう。列車の待ち時間には宿場散策が楽しめます。

ウォーキング以外にも、宿場でのそばや五平餅などのグルメや地酒、木曽漆器などのお土産選びも楽しいものです。歩くのがちょっとという方は列車で一駅移動するだけで両方の宿場町をめぐってみてください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2016/09/03 訪問

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